翌日、休憩から上がって仕事に戻ろうとすると壁の裏に隠れながらギリギリと奥歯を噛み締めてフロアを見つめる小野さんの姿があった。
「どうかしました?」
「蒼先輩! 見てくださいあの顔! デレデレしちゃって頬っぺたが地面に着いちゃいそうですよ!」
「……」
彼女の視線の先に目をやるとそこにいたのは紅とこの間の女性が楽しそうに笑いあっている姿だった。仕事中だというのに何やってるんだ、アイツは。
お客さんが少ないからって彼女のテーブルに入り浸っている姿を兄として情けなく思いつつも、ああ言ってしまった手前に口を出すことができない無力感に見舞われる。
紅が自慢げに惚気を小野さんに話していたらしく、彼女から文句を聞かされた。
牧野さんはこの店の近くに暮らしている二十歳の大学生で、最近では週五ほどでこの店に通っている。そのままお茶をして帰る日もあれば、紅のバイトが終わるのを待って駅まで送ってもらうこともあるらしい。
紅は彼女が来店するとあからさまにテンションが上がり、そして彼女の接客を他のスタッフにやらそうとしない。ハッキリ言って営業妨害である。
特に俺に対しては彼女がいる間は裏方で働けと忠告し、フロアに出ることすら許してくれない。
「けど何だかんだいい感じで付き合ってるらしいですよ。バイトがない日は大学にまで迎えに行ったりして」
「へー、楽しそうでいいですね」
「(蒼先輩、めちゃくちゃいい笑顔だけど目が笑ってない)」
この胸のモヤモヤは一体何なんだろうか。