恐怖のあまりに駆け寄る小野さんを受け止めた彼は「本当に何があったの？」と少し怯えた表情で俺を見た。
相当紅は怖い表情をしていたのだろう。一回り歳上の店長まで怯えさせてしまうぐらいなのだから。


「すみません、少し喧嘩をしてしまいました。ご迷惑おかけします」

「喧嘩、それはいいけど……原因は？」

「紅先輩が悪いんですよ！」


小野さんが店長に訴えるようにこれまでの経緯について話をした。


「店長はどう思いますか！？ 嘘つく方が駄目ですよね」

「……そうだね、嘘は駄目だね」


彼は暫く暗い顔つきになってしまい、弟の情けない話を聞かせてしまって申し訳なく思う。
小野さんは店長が来てくれた安心感からか、少し落ち着きを取り戻しポツリポツリと言葉を漏らす。


「紅先輩は自分が蒼先輩じゃないって知ってしまった方があの人を悲しませるって言ってたんです。だけど私だったら好きな人が他人のふりをしているだなんて知らなかった方がショックです」

「小野さん……」

「もし、店長が店長じゃなかったら……私は嫌です……」

「……」

彼は小野さんの頭を「大丈夫だよ」と優しく撫でた。
小野さんの言う通りだ。こんな嘘、突き通したって得なんか一つもない。


「（けど俺もう知らない……）」


紅の勝手にすればいいと思う。