「無理、やらない」
桐谷先輩は店長の頼みをバッサリと切り捨てる。
「ちょっと! あんなに店長が頼み込んでたのに酷いですよ! 可哀想じゃないんですか!?」
「別にシフトミスしたのはそっちじゃん、俺関係なくない?」
「ミスじゃないもん! 予想外のことが起きたんです!」
それでも全く取り扱う気がないのか、休憩中の桐谷先輩は私をスルーして珈琲を飲み続ける。
店長の口から桐谷先輩の名前が出てきたときは意外だった。
だけど彼の理由を聞くとそれも納得できる。
「桐谷くん、元々はフロア担当だったんだ」
「え、そうだったんですか?」
「って、俺は前の店長から聞いたんだけど。でもある事情で厨房に移ったみたい」
ある事情?と私が尋ねると店長は非常に言いにくそうに口にする。
「実はフロアスタッフだったときあんまりにも女性のお客さんに人気過ぎて対応しきれなくなって。それで厨房に下げることになったらしい」
「え゛」
「元々厨房を志望してたらしいんだけどそのときは人数が多くて、人が抜けるまではフロアに立つ予定だったんだけどかなり早まったんだって」
た、確かに今の蒼先輩もイケメンで女性客には人気だけど、あの桐谷先輩がフロアに立っていたら一体どうなるだろうか。
それに対応しきれなくなったって、どれだけおモテになられたんだ?
「そういうことがあって多分桐谷くんは嫌がるだろうけど何とか承諾してくれないかな。予備の制服なら更衣室においてあるし」
「え、えー! 私が頼むんですか!?」
「ごめん! 本当に時間がなくて! 俺もう行くね!」
「店長!」
帰ってきたらデートしてくださいね!という私の交換条件に曖昧に頷きながら慌ただしく店長は店を出て行ってしまった。
きっとギリギリまで店を手伝ってくれていたんだと思うと嬉しいけれど、新しく押し付けられた試練が重すぎて複雑だ。
私に桐谷先輩の説得が出来るとは思えないんだけど。
丁度お店が空き始めた時に私はしーちゃんに相談して少しの間席を外すことになった。厨房に出向いて桐谷先輩を探したが休憩中らしく彼の元へと急いだのだった。