私は呆気に取られたように目の前の彼女を見つめているとふと自然に声が漏れた。


「聞きたいなぁ、声」


そう言うと彼女が驚いた表情になる。


「大丈夫、何も言わないから。それにバイトしたいってことは声を出すってことでしょ?」

「……」

「笑わないから、お話しようよ」


私の言葉に彼女はかなりの時間を掛けてぎこちなく頷いた。
私たちは中庭にあるベンチへと移動すると話を続けた。

宇佐美さんは戸惑いながらもゆっくりと付けていたマスクを外す。
付けているのが残念なくらい可愛らしい顔をしていた。


「……」

「大丈夫!本当に何も言わないから!」


不安げな彼女を安心させるようにそう言った。ただアルバイトとか関係なく彼女自身に興味を惹かれてしまったのだ。
彼女は持っていたメモ帳をぎゅっと膝の上で握りしめた。


「……あ、」


絞り出すように短く言葉を吐き出す。


「変な、声……ですよね?」


かっ、


「可愛い!!」

「っ……」


何も言わないと言ったくせにその約束を簡単に破ってしまった。
それでも彼女が発した声はとても可愛らしく、そして守ってあげたくなるような甘さを含んでいた。