「今日は楽しかった。ありがとう。これ、あとで読んでね」
バスから降りると、一通のてがみを僕に渡し、見送りも許さず、彼女は一人立ち去っていった。

その日の夜は眠れなかった。
自分の非力さに、無力さに、腹が立った。
みっともなく泣き続け、気が付くと夢を見た。

鶴が一斉に羽ばたき、皆が一つの方向を目指して遠くに飛び立って行くなか
例の赤い目の鶴だけが、飛びたてずにいる
そんな夢だった


アラーム音より前に届いた行ってくるねという一通の簡素な別れのメールで起こされたのは、翌朝の早朝4時のこと。
部屋の燈を付け、鏡の前に立つ。
真っ赤に腫らした目の(くま)は、いつも以上に(みにく)く映るが気にしてはいられない。
コートを羽織って目的地に向かって走り出す。

手紙の内容はこうだった。

○○○へ
引っ越すことずっと伝えられなくてごめんなさい。
両親の離婚により、母方の実家に行くこととなったのが決まったのが1ヶ月前のことでした。
勝手なのは自分でも理解してました。
早く伝えるべきだと分かってました。
一度、言葉に出してしまったら絶対変な空気になるのも分かってました。
どちらの選択を選んだとしても間違いのような気がして、選択すると全て崩れてしまう事実を受け止めるのが怖かったんです。
最後まで一緒にいてくれてありがとう。
あなたとの思い出は忘れません。
あなたのことが好きでした。

多分、僕が大人になったら、素敵な時間をありがとうってつぶやけるようになるのだろう。

多分、僕が大人になったら、このてがみを読み、あれは、いい思い出として割り切ることができるのだろう。

だが、気に入らない。今の僕にとって、この別れは非常に気に入らない。

こんな別れ方じゃ忘れらんなくなるじゃないか!

視界がぼやけ、靴紐に足を取られて目線が前のめりになる。
…陸上部舐めんな!

ほどけきった片方のスニーカーを見捨てた僕は、走り出す。


絶対に会ってやる!馬鹿だって(ののし)ってやる!
考え無しだと嫌われるのなら嫌われてやる!

見た目の不格好さを笑ってくれるのなら笑い飛ばされてやる!
心配してくれるのなら心配されてやる!

泣かれたら、その時は、、ちょっと困惑(こんわく)してしまうだろうけれど、一緒に泣くくらいならできる(はず)だ。

この先どれだけ後悔してもいい。だけど、今日だけは後悔したくない。

今日だけは、ちゃんと好きだって伝えてやるんだ!