バリバリと雷が走る音が鳴り響く。
 そして――

「行け」

 黄雷で生み出した神竜が、黒き邪竜へ突っ込む。
 弧を描くような軌道で、ドラゴンへと迫る。
 ドラゴンは躱そうと翼を羽ばたかせるが、神竜のほうが速い。
 一瞬で間合いを詰め、ぐるりとドラゴンに巻き付いた。
 雷が走り、苦しそうにしているが、それでも致命傷には遠いだろう。
 
「さて、ここからだな」

 俺は左腕を前に突き出す。

「藍雷――大弓」

 藍雷によって弓を生成。
 大きさはこれまでの比ではなく、ドラゴンと同規模のサイズで展開する。
 藍雷の弓は、光魔術の弓とほぼ同じだ。
 威力をあげたいなら、弓そのものを大きくすればいい。
 光魔術の弓の場合は、大きくするほど精度が落ちてしまうが、藍雷はそのデメリットがない。
 しいて言えば、莫大な魔力を消費するだけだ。

 ふと、懐かしい記憶が脳裏によぎる。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「リンテンスはさ。モンスターと戦うより、人と戦う方が弱くなるね」
「は?」

 修行中のことだ。
 何の脈絡もなく、師匠からそんな指摘を受けた。
 突然だったからか、反応も荒っぽくなる。

「おいおい、そう怒らないでおくれよ」
「あ、いやすみません。どういう意味でしょう?」
「言ったまんまだよ。君は人を相手にする方が弱くなる」

 二度同じことを言われたが、俺は意味がわからなくて首を傾げた。
 モンスターのほうが戦いやすいかと言われると、別段そうでもない。
 そんな俺を見て、師匠はやれやれとジェスチャーをする。

「なるほど、自覚なしか」
「……」
「仕方ない、教えてあげよう。リンテンス、君は人が相手だと無意識に手加減しているんだよ」
「手加減……本気でやってないってことですか?」
「うん」

 即答する師匠。
 そんな自覚はない。
 誰が相手だろうと、全力で戦っているつもりだった。
 でも、師匠の目にそう見えているのなら、正しいのだろうとも思う。
 師匠は続けて理由についても話す。

「原因は君の優しさだ。君はとても優しい。裏切られても、蔑まれても、根っこの部分の優しさは消えない。人を相手にすると、その優しさが滲みでてしまう。冒険者の依頼で盗賊退治をやっただろう?あの時も君は、殺さないように力をセーブしていたよ」
「そう……だったんですね」
「落ち込む必要はないさ。別に悪いことじゃないからね。人は殺したら死んでしまう生き物だ。強くなると忘れてしまいがちなことを、君はちゃんと理解しているだけだよ」

 師匠は微笑みながらそう言ってくれた。
 だけど……

「ただ、それは甘さとも言い換えられる。聖域者になるなら、その甘さを制御できるようにならないとね」
「制御ですか?」

 てっきり捨てろと言われるものだと思った。
 師匠はこくりと頷いて言う。

「そう、制御だ。手を下すべきとき、情けをかけるとき。それらを感情ではなく、思考で選択できるようになりなさい」
「悪には容赦するな、という意味ですか?」
「まぁ大体そんな感じかな。匙加減は君次第だけど、ようするにちゃんと考えられるようになれってことだよ」
「考える……難しそうですね」
「うん。捨ててしまうほうが楽かもしれない。でも、その優しさは君らしさでもある。捨ててしまうのは勿体ないし、何よりそれをなくせば、ただの人でなしになる」

 そうして、師匠は最後にこう言った。

「だからリンテンス、君は優しいまま強くなりなさい」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 師匠に言われたことを思い出して、ふいにため息がもれる。
 そういえば、同じことを最近グレンにも言われたっけ。

 すみません師匠。
 俺はまだまだ、自分の感情を制御できていないみたいです。
 
 だから今は、ほっとしている。

「人じゃなくて安心したよ」

 ドラゴンは神竜に巻き付かれ身動きがとれない。
 この隙に、あれを倒せる一撃を構えよう。
 藍雷で生成された巨大弓の威力は、一撃で山を穿つほどに達している。
 ただ、おそらくこれでも足りないだろう。
 ブラックドラゴンの鱗は、赤雷の最大出力でも容易には貫けない硬さだ。
 威力を底上げしても、ダメージ止まりになる。
 もっと貫通力が必要だ。
 ならば――

「赤雷」

 藍雷の矢に赤雷を纏わせる。
 色源雷術最大の貫通力を誇る赤雷。
 単体で倒せないなら、こうして混ぜ合わせれば良い。
 これこそ、術式の応用。

 対する標的は、未だ神竜に阻まれ動けない。
 狙いはまっすぐ。
 矢の先端を、ドラゴンの心臓部に向ける。
 
 色源雷術――(こん)

梔子一射(くちなしいっしゃ)

 赤黄色の一撃が放たれる。
 稲妻は流星のごとく軌道を残し、ドラゴンの心臓を貫いた。
 悲鳴をあげ、黄雷が拡散する。
 ぽっかりと開いた穴から全身へ、雷撃が走った。

「ふぅ」

 ほっと息をはく。
 力尽きたドラゴンは、ゆっくりと地面に落下していった。