「少しさ、意地になってたかも」
都内で珍く
薪と備長炭にて沸かす湯は、
優しく、身に沁みこむ。
澄んだ
湯船に浸かって、
緩む口元に 片手を
持っていくと、アサミは
プルプルと
笑いを、堪える。
少しだけさ、 空しいけど、
溜飲下がったよ。って
言うんじゃない?
男湯と女湯を隔てる
アルプス風景のタイル絵。
向こう側から ギャーギャー
聞こえる騒ぎを 伴奏に、
目の前にある 金魚の絵を
『ティカ』に見立 なでながら、
アサミは
鼻歌を くゆらせた。
花街の面影を残す、石畳と坂。
休日の昼なら 小路を散歩する人も
行き交うが、
今は黄昏時。
「温泉を お願いして、
『セントウ』に行けるなんて。 アサミは Surprise master だ。」
だってさ。
初めて乗るメトロにも、
驚いてたもん。
成功なんだよね。これ。
「仕事終わり、リード
出来るの、 銭湯だったので。」
急な無茶振り リクエスト。
お昼に言われてさ、どうにかなる
もんじゃないんだよ。
隣で、機嫌よさそうに
キョロキョロするケイを、
アサミは、恨めしく見る。
表通りから、
路地へ足を踏み入れる。
影の色濃く、
目の前には 趣ある細道。
料亭の明かりが灯る。
庭園ランチ後。
アサミが、思案してると、
オフィスのデスクコールが、
鳴った。
『はい?バンケット、タムラ
です。いつもありがとう
ございます。如何なさいました』
表示された
下のディスパッチセンター、
ヤマモリの直電に 答える。
『ラッキー、タムラさんだ。
オレって言わずに、話聞いて。
悪いけど、サロンホールが 今週
空いてる日、
教えて欲しいんだよ。頼む。』
意外な、ヤマモリさんの
お願いに、応答できないでいる
わたしにさ、
『すぐ分かると思うが 、今週、
大規模な賓客交流会がある。
うちに ディスパッチオファーが
内々にきてる。けど、日程調整
出来てないんだろな。お宅の課長
すり合わせ難航してるみたいで。
うちも、日決まり無しで、
人を 抑えてくれと言われても
困ってな。せめて、日を絞っ
て、人員抑えたい。』
サロンホールの空きの日時に
当てて、スケジューリング?
個人的情報サポートだよ。
『わかりました。けれど、
わたしではなく
担当に 依頼しては?』
闇に、ミズキ先輩に言ってよ!
ってさ 嫌味だよ。
『ミズキに、聞けるわけない。
聞いて、教えるわけないだろ』
なんだよ!それ!あんた達さ、
付き合ってるんだよね?
知ってますよ。
『分かりました。では、こちらも
お願いする案件あります。
出来れば 御指南を。
詳細は、メールで。そちらの
件は、確認次第折り返します。』
こうしてさ、
今回の ケイ・リクエストも
物々交換でツアコン先を、
ゲットしたわけ。
「アサミよく使う?セントウ」
ケイからの質問に、
意識を戻す。
階段に 灯篭が置かれ、
足元は明るい。
「あ、普段は家のユニットバス
です。銭湯は、、昔何回か。」
「へー。アサミも、久しぶりか」
階段を下ると、
明かりが目を引く
コインランドリーのすぐ横。
「うわ。『フゼイ』あるな。」
ケイが思わず声を上げた。
千破風建築のレトロな銭湯が
隠れ家のように現れた。
湯屋には、店主の憧れの想いを
込められた屋号提灯が
下げられている。
ヤマモリさんがさ、
いろいろ教えてくれたよ。
花街最盛期、座敷前の芸妓が
懇意にした銭湯とか。
「じゃあ、説明した様に、
銭湯を楽しんで 下さい」
暖簾の入り口を潜って
右が男湯で、左が女湯。
ここからはさ、一緒に入れない。
それも思って選んだし。
「緊張の、Japan culture tripだ」
弱音を冗談に、ケイは
木札鍵の靴箱に、靴を入れた。
番台には、
インバウンド・ゲスト用に
マナーポスターも
貼ってあるし、
マラソンランナーのwelcomeも
している。
一見さんでも、なんとかなる?
でしょ。
無料のタオルを貸してもらい、
女将さんに、
ケイの事を伝えおく。
「じゃあ、1時間後に、また。」
まるでさ、何かの歌だよね。
あ、でも歌詞みたいに
銭湯セットは 不要。
石鹸、シャンプーも備えあって
タオルもレンタル出来る。
手ぶらで来れるのはさ、
ありがたいよ。
「OK!1時間後に。」
うん、いざとなれば、
魔法でも使いなされよ。
入って驚くほどそこは、銭湯だ。
正統派の脱衣場。
ガラス引戸の向こう。
ペンキ富士が威風堂々に、
男湯と女湯に渡って描かれる
景色は、圧巻だ!
つい、ツアコンを忘れて、
お一人様 観光気分に浮かれるよ。
江戸前 銭湯なら、
熱っついだろうなあ。
桶に手を伸ばしたら
珍しくゲームの宣伝桶で、
吹き出した時、
隣の男湯から、年配の声が
響いてきた。
「あんちゃんら!
外国のお人かい? ポスターに
あっただろう。コレを使って、
先に体を流すんだぞ。あ!
おめぇ、バカ!
そっちじゃねぇ。かしてみろ」
どうやら男湯には 人が結構
いてるらしいけど、
「うあっ!Crazy!」
高い声で 熱いと叫ぶケイの声を
しっかり聞いた。
やった。
「あんちゃん、熱つけりゃ、湯船
ん端に水道の蛇口あるだろ!遠慮
すんな、いいから 水で薄めろ」
ふふ。
わたしだって西の人間。
桶に水を張って、
水かけながら入ってるんだよ。
『アサミよく使う? セントウ』
さっき、ケイが聞いたけど、
唯一今も繋がってる友人、
『シオンちゃん』とこが
お風呂なくて、銭湯だった。
毎日さ、行けなくて、
夏は、わたしんとこの
プレハブのシャワーを
使ったりしてたの
思い出したよ。
カラスの行水っていうだけある。
洗い終えて、
わたしも、ケイも
熱いお湯から
早々に 上がろうと、隣同士で
声を、かける。
「アサミ!わざとだろ!わざと
熱いセントウに来ただろう!」
ケイは、わたしの目論見にさ、
気がついて怒っていたよ。
「江戸っこの『粋』ですよ。」
とりあえず、誤魔化しといた。
きっと、デートならさ、
この後
ご飯でも食べるんだろうけど。
そうじゃないから、
またメトロに乗って、ケイと
並んで座る。
例えば、
あのモールでみた令嬢ならさ、
ハイヤーとかで
さっと、温泉にでも一泊で、
ケイを案内できるん
だろうし、もうそんな、
予定もあるかも しれない。
なんだかなーってさ、
思考を止めたらよ、
コテンと 肩に髪が 乗っかった。
目を動かしたら、
やっぱりケイの頭で、
腕組みして、足も組みながら
気持ち良さそうに
寝てる。
しかも、眼鏡の下、
ボサボサに伸びる前髪の
奥には、無防備なキレイな顔
あって、困ってしまう。
この人、昼間って
どうしてるんだろう?
不思議に思うと、ある事に
気が付いて、思わず
顔の温度が上がってしまった。
わたしと、ケイさ。今、
おんなじシャンプーの香り
してます。
都内で珍く
薪と備長炭にて沸かす湯は、
優しく、身に沁みこむ。
澄んだ
湯船に浸かって、
緩む口元に 片手を
持っていくと、アサミは
プルプルと
笑いを、堪える。
少しだけさ、 空しいけど、
溜飲下がったよ。って
言うんじゃない?
男湯と女湯を隔てる
アルプス風景のタイル絵。
向こう側から ギャーギャー
聞こえる騒ぎを 伴奏に、
目の前にある 金魚の絵を
『ティカ』に見立 なでながら、
アサミは
鼻歌を くゆらせた。
花街の面影を残す、石畳と坂。
休日の昼なら 小路を散歩する人も
行き交うが、
今は黄昏時。
「温泉を お願いして、
『セントウ』に行けるなんて。 アサミは Surprise master だ。」
だってさ。
初めて乗るメトロにも、
驚いてたもん。
成功なんだよね。これ。
「仕事終わり、リード
出来るの、 銭湯だったので。」
急な無茶振り リクエスト。
お昼に言われてさ、どうにかなる
もんじゃないんだよ。
隣で、機嫌よさそうに
キョロキョロするケイを、
アサミは、恨めしく見る。
表通りから、
路地へ足を踏み入れる。
影の色濃く、
目の前には 趣ある細道。
料亭の明かりが灯る。
庭園ランチ後。
アサミが、思案してると、
オフィスのデスクコールが、
鳴った。
『はい?バンケット、タムラ
です。いつもありがとう
ございます。如何なさいました』
表示された
下のディスパッチセンター、
ヤマモリの直電に 答える。
『ラッキー、タムラさんだ。
オレって言わずに、話聞いて。
悪いけど、サロンホールが 今週
空いてる日、
教えて欲しいんだよ。頼む。』
意外な、ヤマモリさんの
お願いに、応答できないでいる
わたしにさ、
『すぐ分かると思うが 、今週、
大規模な賓客交流会がある。
うちに ディスパッチオファーが
内々にきてる。けど、日程調整
出来てないんだろな。お宅の課長
すり合わせ難航してるみたいで。
うちも、日決まり無しで、
人を 抑えてくれと言われても
困ってな。せめて、日を絞っ
て、人員抑えたい。』
サロンホールの空きの日時に
当てて、スケジューリング?
個人的情報サポートだよ。
『わかりました。けれど、
わたしではなく
担当に 依頼しては?』
闇に、ミズキ先輩に言ってよ!
ってさ 嫌味だよ。
『ミズキに、聞けるわけない。
聞いて、教えるわけないだろ』
なんだよ!それ!あんた達さ、
付き合ってるんだよね?
知ってますよ。
『分かりました。では、こちらも
お願いする案件あります。
出来れば 御指南を。
詳細は、メールで。そちらの
件は、確認次第折り返します。』
こうしてさ、
今回の ケイ・リクエストも
物々交換でツアコン先を、
ゲットしたわけ。
「アサミよく使う?セントウ」
ケイからの質問に、
意識を戻す。
階段に 灯篭が置かれ、
足元は明るい。
「あ、普段は家のユニットバス
です。銭湯は、、昔何回か。」
「へー。アサミも、久しぶりか」
階段を下ると、
明かりが目を引く
コインランドリーのすぐ横。
「うわ。『フゼイ』あるな。」
ケイが思わず声を上げた。
千破風建築のレトロな銭湯が
隠れ家のように現れた。
湯屋には、店主の憧れの想いを
込められた屋号提灯が
下げられている。
ヤマモリさんがさ、
いろいろ教えてくれたよ。
花街最盛期、座敷前の芸妓が
懇意にした銭湯とか。
「じゃあ、説明した様に、
銭湯を楽しんで 下さい」
暖簾の入り口を潜って
右が男湯で、左が女湯。
ここからはさ、一緒に入れない。
それも思って選んだし。
「緊張の、Japan culture tripだ」
弱音を冗談に、ケイは
木札鍵の靴箱に、靴を入れた。
番台には、
インバウンド・ゲスト用に
マナーポスターも
貼ってあるし、
マラソンランナーのwelcomeも
している。
一見さんでも、なんとかなる?
でしょ。
無料のタオルを貸してもらい、
女将さんに、
ケイの事を伝えおく。
「じゃあ、1時間後に、また。」
まるでさ、何かの歌だよね。
あ、でも歌詞みたいに
銭湯セットは 不要。
石鹸、シャンプーも備えあって
タオルもレンタル出来る。
手ぶらで来れるのはさ、
ありがたいよ。
「OK!1時間後に。」
うん、いざとなれば、
魔法でも使いなされよ。
入って驚くほどそこは、銭湯だ。
正統派の脱衣場。
ガラス引戸の向こう。
ペンキ富士が威風堂々に、
男湯と女湯に渡って描かれる
景色は、圧巻だ!
つい、ツアコンを忘れて、
お一人様 観光気分に浮かれるよ。
江戸前 銭湯なら、
熱っついだろうなあ。
桶に手を伸ばしたら
珍しくゲームの宣伝桶で、
吹き出した時、
隣の男湯から、年配の声が
響いてきた。
「あんちゃんら!
外国のお人かい? ポスターに
あっただろう。コレを使って、
先に体を流すんだぞ。あ!
おめぇ、バカ!
そっちじゃねぇ。かしてみろ」
どうやら男湯には 人が結構
いてるらしいけど、
「うあっ!Crazy!」
高い声で 熱いと叫ぶケイの声を
しっかり聞いた。
やった。
「あんちゃん、熱つけりゃ、湯船
ん端に水道の蛇口あるだろ!遠慮
すんな、いいから 水で薄めろ」
ふふ。
わたしだって西の人間。
桶に水を張って、
水かけながら入ってるんだよ。
『アサミよく使う? セントウ』
さっき、ケイが聞いたけど、
唯一今も繋がってる友人、
『シオンちゃん』とこが
お風呂なくて、銭湯だった。
毎日さ、行けなくて、
夏は、わたしんとこの
プレハブのシャワーを
使ったりしてたの
思い出したよ。
カラスの行水っていうだけある。
洗い終えて、
わたしも、ケイも
熱いお湯から
早々に 上がろうと、隣同士で
声を、かける。
「アサミ!わざとだろ!わざと
熱いセントウに来ただろう!」
ケイは、わたしの目論見にさ、
気がついて怒っていたよ。
「江戸っこの『粋』ですよ。」
とりあえず、誤魔化しといた。
きっと、デートならさ、
この後
ご飯でも食べるんだろうけど。
そうじゃないから、
またメトロに乗って、ケイと
並んで座る。
例えば、
あのモールでみた令嬢ならさ、
ハイヤーとかで
さっと、温泉にでも一泊で、
ケイを案内できるん
だろうし、もうそんな、
予定もあるかも しれない。
なんだかなーってさ、
思考を止めたらよ、
コテンと 肩に髪が 乗っかった。
目を動かしたら、
やっぱりケイの頭で、
腕組みして、足も組みながら
気持ち良さそうに
寝てる。
しかも、眼鏡の下、
ボサボサに伸びる前髪の
奥には、無防備なキレイな顔
あって、困ってしまう。
この人、昼間って
どうしてるんだろう?
不思議に思うと、ある事に
気が付いて、思わず
顔の温度が上がってしまった。
わたしと、ケイさ。今、
おんなじシャンプーの香り
してます。