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「お嬢、着きましたよ。また、帰る時間になったら連絡ください。こっちに車出しますんで。」

「了解。」

運転手の若狭は私たちを送り出し、車を発進させた。

「じゃ、俺についてきて。」

花房くんが私たちに言う。

私たちは頷き歩き出した。車にいる間にそこそこ水抜き出来たけど、まだぐっしょりと濡れている制服が肌に触れて気持ち悪い。

…にしても、

一昨日もすごい豪華だと思ったけど、夕方もまた厳かな雰囲気。

カグラビルを見上げながらそう思う。

「…お嬢?行きましょう?」

いつまでもぼーっと見上げている私に葵が声をかける。

「あー、うん。」

私は前を向き、案内してくれる花房くんの後に続く。

「お嬢、災難でしたね。水かけられるなんて。」

「まぁ、仕方ないよ。自分で言うのもなんだけど、現在両手に花状態なんだから。」

言った後に、自分ってすごく嫌な女じゃない?と反省する。

「…お嬢、その表現は男性が女性二人を侍らせてるときに使う言葉ですよ。」

「…そうだっけ?」

嫌な顔一つしない、むしろ笑顔の葵に一安心。ついつい私も笑顔に…なったのだが、

「それに、言わせて貰えば、花は片手で事足りますよね?お嬢?」

先ほどまでの笑みとは違い、黒い笑みの葵。

私は何も言えずにそっぽを向いた。

葵のことは小さい頃から一緒だし、誰よりも知っているつもりだった。けど、昨晩以来、積極的な葵に私はもしかしたら葵のこと何一つ知らなかったんじゃないかとさえ思っている。

「…まさか、俺を選ばないなんて言ったなら、俺、どうなっちゃうかわかりませんからね。
花房くん風に言うなら…その時は、覚悟しといてくださいね?詩織?」

小さい頃みたいに下の名前で呼んでくる葵。
…やはり、私は何も知らなかったのかもしれない。思ったよりも葵は危険な存在なのだと今知ったから。

幼馴染なはずなのに。
私の胸は高鳴りを見せた。

「照れてくれてるんですか?かーわいい。」

そうやって無邪気に笑う葵は私の知らない葵だった。

「おい。早く行くぞ。」

ずっと先を歩く花房くんがそう言う。

「う、うん!」

私は葵と距離を離すように、小走りで花房くんの方に向かう。

「──俺の花。この手から絶対こぼれ落としたりなんかしないから。」

葵の言葉は私にはおろか誰にも届くことなく風の中に消えた。