そして今こうして、あの写真を撮った人物があれに記されていた人でなく、目の前にいる瀬川さんであることを知ることもなかった。
「あの写真だけじゃなくて、瀬川さんの撮る写真が……好きだと思う」
「……私はそうじゃない」
「瀬川さん?」
「私は全然、好きじゃない」
吐き捨てるように、しかし強くそう口にした瀬川さんの顔には苦しそうな表情が浮かんでいる。
「何を撮っても、あの写真には勝てない。私にとってはあの写真が最高傑作だった」
「……」
「でも、私はそれを自分から手放した。自分が撮影したって言えなかった。それから何を撮ってもつまらなくて、楽しくなくて……もう、私はあれを超えるものは何も撮れない」
「そんなこと……」
「あの子ももう、いないし」
あの子……というのは誰なのか、自然と答えに行き着いた。
あの夕焼けの写真に写っていた女性のことだ。ただのモデルではなく、瀬川さんとなにかしらの親しい関係であったことは伝わってくる。
二人の間に何かがあったのか、簡単には会えない距離に離れ離れになってしまったのか、または二度と会えない何かがあったのか。
そこまでは分からないけれど。
「私、もう写真撮るの辞めた方がいいのかも」
「っ……」
「さっきあの人に会ったとき思った。私はまた同じことをするって」
「同じこと……?」
「自分を守る為に大事なものを犠牲にする」
目の前で諦めを口にする彼女にどんな言葉を掛ければいい?
何を言えば、彼女の心を救えるのだろうか。
自分の言葉なんかじゃきっと、力不足だ。