声に顔を上げた彼女の首元にはしっかりと榊さんのマフラーが巻かれていた。


「……なに」

「こ、ここにいたら風邪引くよ。戻ろう」

「……あの人は」

「立川さんなら帰ったよ」


そう告げると彼女の表情に一瞬だけ安堵が戻った。
だけどそれは直ぐに失われ、また視線を地面へと向ける。


「今日はもう、このまま帰るから。放っておいて」

「……」

「ごめんなさい、荒木くんは何も悪くないのに。でもこのままだと何か酷いことを言ってしまいそうだから」


普段より饒舌に話す彼女に、それだけ同様しているということが伝わってくる。
まだ少ししか知らない一面の裏側は、一体どうなっているんだろう。

彼女が声に出来ない叫びを、僕が聞きたいと思った。


「“悠久の君”」

「え?」

「あの写真、好きなんだ」


もう一度顔を上げてくれた瀬川さんの目を見つめながらそう告げる。


「この大学に入ってよかったって、心の底からそう思えた」

「……榊さんから聞いたの?」

「ううん、ずっとあの写真を撮ったのは瀬川さんじゃないかと思ってた」

「……」


自分には意味のなかった大学生活が彩られていくように、あの写真に出会えたからこそ今の自分がいる。
もしあの場所で脚を止めていなかったらカメラに興味を持つことだってなかったはずだ。