「昨年、このサークルで県のコンクールで最優秀賞を獲った人です。学部にその時の作品が張り出されていて……」
「……」
「確か名前は、」
忘れるはずがなかった。あの作品のタイトルも受賞者の名前もコメントも、目に焼き付けるように見たのだから。
「立川妃乃」
その名前を口にした瞬間、静まった空間の中で彼が浅く息を吸った音が微かに響いた。
知っていますか、と視線を榊さんにずらす。彼は一度瞼を落とすとゆっくりと口元で弧を描いた。
「あぁ、立川。立川か」
「……」
「確かにあの作品はなー……」
そう呟くと急に話すのをやめてしまった榊さんの代わりに、何故だか自分が話さなければいけないような空気を察した。
「あの写真を思い出すとどうしてだか気持ちがざわつくんです。被写体になっている女性の顔が夕陽の逆光で見えなくて。彼女が一体誰なのか、そればかり……」
「ん?」
「凄く烏滸がましいと思っています。だけど僕はきっと」
あの写真の……
「それは恋だね」
「……え?」
榊さんの方を見ると彼の表情は先ほどと一転しており、何故か自信ありげにふふんと鼻を鳴らしていた。
「は、はい?」
「そうかそうか、荒木くんは写真のああいう女性が好きなんだな」
「いや、そうじゃなくて」
口数が多くなった彼に不信感を抱きながらも、彼が名前を出した女性の話題を話したくなさそうにしていたのを察した。
もしかしてその立川さんという女性とはあまり仲が良くないんだろうか。それとも他に何か話したくない理由でもあるんだろうか。
榊さんには何でも相談できるけれど、この時ばかりは何も聞けなかった。
だけどその時は気付いていなかった。
その女性が瀬川さんととある関わりを持っていたこと。