そこには、さっきまで新入生に話をしていた校長先生いや田口校長先生らしい字で短い文章が書かれていた。
青木さん、「魔女」になりませんか?いえ、なってくれませんか?
田口
と、書かれていた。私はフリーズ状態になった。だけど、すぐに返事は決まった。すぐに返事をしたかった。だから、走った。職員室まで。全力で。自分でも何でなろうと思ったのか分からない。だけど、やりたかった。めちゃくちゃ。
「 失礼します!校長……先生は……ど…こに……いらっ…しゃ…い……ます…か?」
と、途切れ途切れに聞いたら橋倉先生が私の所に来て
「 どうした!?青木さん!そんなに呼吸が乱れて。何かあった?もしかして、変えたくなっちゃった?良い意味で。」
と、何かを企んでいるかのような笑みで聞かれた。私は、あ〜やっぱり、この先生、少し心配だな〜と思いながら、私は子供らしく
「 うーん…やりたくなっちゃったかな!だから、今すぐに返事したいと思って人生で一番の全力疾走して来ました。」
と、最後は笑顔で言うと橋倉先生は一瞬、目を見開いて驚いた顔をしたけど
「 そうか。校長先生は校長室にいるよ。それと今、青木さん、良い顔してんな!その調子で、もう一回人生で一番の全力疾走しといで。」
と、言われた。私は
「はい!失礼しました!」
と、言って、また走った。あの先生は心配だけど信頼はしても良いかもと思った。そして、とうとう着いた校長室の前で呼吸を整えてノックを二回した。中からは優しいそうな声が聞こえた。
「 はーい、入って良いですよ〜。」
と、実は校長先生は女性の先生で見た目は校長先生というよりも近所の優しいおばあちゃんだ。だから、怖いイメージはないけど…目だけは違う。見ている相手の心まで読みとっているのではないかというぐらい力強く透き通った目をしている。だから、もの凄く緊張する。でも、嫌いじゃない。
「 失礼します!一年五組の青木 結奈です!聞いて頂きたい話があり、来ました!」
と、自分でも驚きなぐらいの体育会系女子みたいな声で言った。
「 そう。で、どうしますか?やりますか?やめますか?魔女の仕事。」
「 やらせて欲しいです!」
と、また大きな声で言ったが私なりに目を見てしっかり言った。そしたら、それに答えるように力強い目つきで見られた。私は、ドキッとなり喉の中が枯れていくような感覚になり、声が出なくなり、パニック状態になっていると
「 なぜ、やりたいのですか?」
と、聞かれた。私は、答えなければと手を握りしめて
「 私は、日々が日常が楽しくない訳ではありません。ですが、魔女の話を聞いて、人の役に立つ事を今までにして来なかったから、やってみたいと思ったんです。でも、私は、人を見て、『あっ、この人、困っているんだろうな~。だから、助けよう!』と、分かるような勘の鋭い人間では、ありません。だから、助けを求めている人しか助けません。それでも、良いですか?」
と、田口校長先生の目を離さずに言った。
「 そう。私の目に間違いはなかったようね。じゃあ、あなたを正式に、この学校の魔女として任命します。頼んだわよ、ゆー坊。」
と、まるでよく本とかドラマとか出てくるようなカッコ良いおばあちゃんみたいな笑みをしていた。私は、その期待に応えたいと思った。
「 はい!あの〜、ゆー坊って何ですか?」
と、質問した。すると
「 あーねあーね!今、頭の上から降ってきた、弟子のあだ名よ!良いでしょー!気にいった!?」
と、校長先生というよりも、お姉ちゃん?みたいな感じで聞かれた。だから、私も
「 もうー何でも良いですよー。と言うよりも、いつ私が先生の弟子になったんですかー?」
「 え?さっき。だから、先生だなんて呼ばないでよ〜。堅苦しい〜。」
と、言われた。
「 じゃあ、何て呼べば良いんですか?」
「 師匠!師匠が良い!あと、敬語も無し!」
「 えっ!?何、言ってるんですか!?それは、さすがにちょっと…」
「 だってさ〜、私、目つき悪いし、怖いイメージあるでしょ?」
「 はい。」
「 いやいや!ちょっとは否定して!」
「 あっ!すみません!」
と、慌てて謝った。だって、あまりにも衝撃だった。自分でも、気付いているのだと思った。それに、本当の事すぎて普通に答えてしまっていた。
「 だから、自分を変えたいのよね〜。少しでも。」
と、どこか寂しいそうに私には見えないであろう、見る事ができないであろう、先生いや、師匠自身の世界を見ていた気がする。だから
「 し、師匠。大丈夫で、いや…大丈夫だよ。師匠は、目つきが悪い訳ではないよ。確かに、怖いイメージは無いようにあるけど、それは、師匠自身の最高の武器でしょ?それに、私は師匠の目、好きだよ?それに、そのオーラも。カッコ良い女の人って感じで。」
と、私らしくない言葉で言った。少し照れていたのかもしれない。最後は、目を逸らして窓の外を見ていた。すると
「 フッ、さすが、あたしの弟子だな〜。これから、期待してるわよ!ゆー坊。今日は、早く帰りな!明日の放課後に屋上においで。魔女の仕事について説明するから。あと、教師以外には言ったらダメよ!ゆー坊が、魔女って事は、あたしと教師達しか知らないんだからね!」
「 はーい。じゃあ、明日の放課後に。師匠。」
「 おう!弟子よ!」
と、言われた。私は、この人の事は好きだな〜と思った。そして、帰り道にある並木道に生えている木を見ながら今日は、最高の一日だな〜と思った。
明日から、どんな一日が始まるのだろうと少しだけ…というか、めちゃくちゃ楽しみにしながら帰った。これが、私の始まり。その始まりの一日を振り返りながら、私は私の帰る所へ寄り道をせずに帰った。あと、なぜ、やりたいのかと師匠に聞かれた時に答えた理由は、きっと自分自身では明確に気付いてなかっただけで最初から決まっていたのかもしれない…。
朝だ。窓を開けて、気持ちの良い風を感じ、一日の始まりを悟る。なんて言うオシャレな朝なんかではない、私の場合は。朝の寒さを感じ、布団の中でうずくまり、二度寝をする。それを繰り返す。そして、やっと時間が過ぎている事に気付き、狭い部屋の中を走り回りながら学校に行く準備をする。これが、私の朝のルーティーンだ。
「 も~!ママ!!もうちょっと早く起こしてよ~!遅刻じゃん!」
「 何度も起こして、起きなかったのは結奈でしょ?」
「 はいはい。行ってきまーす。」
「 いってらしゃーい!飛ばしたらダメよー!!」
と、言われるけど、遅刻だから飛ばすよ!と思う。
「 行ってきまーす!」
自転車の籠に荷物を入れ、自転車に乗り、坂道を下る。そして、やっと学校に着く。チャイムと同時に自分の席に座り、ギリギリセーフ!と荒い呼吸を落ち着かせながら、腕時計を見る。すると、後ろから
「 おはよー、ゆー坊。相変わらず遅刻ギリギリだね。」
と、師匠と同じように呼び、ニヤニヤしながら私の事を馬鹿にしてくる人は一人しかいない…
「 朝から、うるさいな~。イイ太郎。」
と、後ろを向く。そこには、本当にいるんだと思えるほどの丸メガネをかけ、第一ボタンまでしっかり留め、ネクタイもきっちりとしていて、サラリーマンか!と、突っ込みたくなるような人がいる。その人は、井伊 太郎。このクラスのクラス委員長。入学式の日にすぐに決まった。多分、その見た目で。そして、私の唯一の男友達。一番の。中学から、ずっと同じクラスで、ずっと出席番号が一番と二番の関係。だから、いつの間にか、お互いに心を開き、お互いの心の中で、一番の男友達と女友達になった。
そして、その関係は今でも変わらずに続いている。まるで、私達の関係に終わりは無いかのように。
「 また、その変なあだ名で呼ぶー。ゆー坊って、変なあだ名を付けるの好きだよねー。」
「 いやいやいやいや!そっちこそ、人の事、言えないんだからね!」
「 え?だって、僕は、ゆー坊に愛を込めて言ってるから良いんだよ?」
「 朝から、そんな事、言うのマジでやめて。」
「 何~?もしかして照れてるの~?」
「 て⁉照れてなんかないし!!」
「 ゆー坊、か~わい~。」
「 ハイハイ。」
と、朝からこんな会話をしながら始まるのが、この季節の定番。居心地が良く、心がほっと温まるから、私はこの時間が好きだ。だけど、最近めちゃくちゃ、「可愛い」と言う。それだけは、本当にやめて欲しい。今まで、そんな事、言われたことが無いから慣れてない。それを知ってなのか、私が顔を赤くして照れている姿を見ては楽しんでいる。どうにかして、やめさせたいけど方法が見つからない。と、悩みながら授業を受けていると、もう昼休憩になっていた。ヤバイヤバイ!!出遅れた!!一人になっちゃう!!こういう時は、イイ太郎!と、思って後ろを向いたけど、いなかった。どこに行ったんだろう…と教室を見わたしたら、もうクラスの何人かの男の子達といた。イイ太郎は、見た目はガリ勉だけど、根は、かなりヤンチャな男の子だから、中学生の時も、いつも周りに必ず何人か人がいた。男の子も女の子も。そうだよねーと思いながら自分の席に座ろうとしたら、イイ太郎の後ろの席の女の子が一人でお弁当を食べていた。私は、誰でも、一人は寂しいものなんだと思っていたから、一人で堂々と食べている姿を見て、強いなと思った。
でも、せっかくだし声を掛けてみようかなと自分の手をぎゅっと握って、初対面の人に声を掛ける時の、このドキドキ感は、いつまでも慣れないもんだなと思いながら
「 ねえねえ!一緒に食べても良い?」
「 うん!」
と、笑って言ってくれた。私は、勇気を出して声を掛けて、良かったーと自分の行いを誉めた。それに、嬉しそうな顔をしてくれて、私も嬉しいな~と思った。イイ太郎の椅子に座って、お弁当の蓋を開けて、卵焼きを一つ食べて今度は話しかける勇気を蓄え、
「 ねえ、名前は何て言うの?」
と、聞くと驚いたのか目を丸く見開き、恥ずかしいそうにもしながら、
「 井上......雪...。」
と、私の目を見て教えてくれた。だから、私も彼女の目を見て
「 私の名前は青木 結奈。結奈で良いよー。」
「 うん!じゃあ、私も雪で良いよ。」
「 OK!雪!」
「 あと、結奈の事を知らない人はこのクラスにはいないと思うよ?」
「 えっ⁉何で⁉私、何かやらかしたっけ⁉」
「 ううん!だって、一番じゃん!出席番号!」
「 あー、そういう事か~。なるほどねー。」
「 だから、羨ましいな~。」
「 えっ⁉全然、良い事ないよ⁉」
「 そうなの⁉」
と、二人で時の流れを忘れて、ずっと話していた。お互いの趣味の事とか、好きな事とか、とにかく、めちゃくちゃ楽しかった。
そして、いつの間にかチャイムが鳴り、イイ太郎が戻って来て、せっかく話していたのに、イイ太郎が私の頭にチョップをしてきたもんだから、会話は強制的に終わらされた。だから、私も負けじと、その丸メガネをかけてチョップをしてもカッコ良く決まんないよねって言った、すると、次の授業担当の先生に青木さんが授業をサボろうとしてまーすって言ったせいで、めちゃくちゃ怒られた。クラス委員長という立場を使って。そのおかげで、私だけ反省文を書いてくる宿題をもらった。こんな事があったけれども、なんとか高校生活の初日を終えた。
橋倉先生の長い話を聞いて、やっと放課後になった。私は、荷物をまとめてリュックサックに入れ、屋上に行く準備をした。そしたら、
「 ゆー坊、帰ろー?」
と、イイ太郎が後ろから言ってきた。本当は、めちゃくちゃ話したい事があるから、一緒に帰りたいけど師匠との約束があるから
「 ごめん!!イイ太郎!今日は、一緒に帰れないんだ...」
「 えー⁉じゃあ、明日は?」
「 明日なら一緒に帰れると思う!」
「 絶対だぞ!!約束だからな!!」
と、言って帰っていく姿を見送り、雪にも
「 また明日ね!雪!」
「 うん!バイバイ!結奈!」
と、言い合い、急いでまだ慣れない学校の階段を猛ダッシュで駆け上がり、屋上の扉を開けると
「 おっ!遅かったじゃん!弟子よ~!」
「 ご……め…ん……。し…しょ……。」
「 どうしたどうした?そんな息をまた切らしてー。ひとまず、深呼吸して。」
と、言いながら、背中を撫でてくれた。呼吸を整えた私は、
「 ごめん!師匠!階段を猛ダッシュしたから、疲れただけだよ。」
と、言うと
「 はあ~、安心したよ~。」
「 ごめん、師匠。」
「 まったく、初めて会った時といい、結奈は普通に現れないよねー。」
「 ごめん。次からは、普通に現れるように努力するよ。」
「 うん。そうしてくれると、ありがたいよ。って、こんな話をしている時間は、ないんだった。」
「 そうそう。魔女について、教えてよ。」
「 そうだったね。じゃあ、一から話すから、よーく聞くんだよ?」
「 はいはい。早く始めてよー。」
と、言うと師匠は、咳払いをし、先程までとは違う、真面目な表情と眼差しになり、私も、同じように覚悟は決めたという眼差しで師匠の顔を見て、話に耳を傾けた。
「 まず、最初に今の段階で結奈が魔女であるという事は、あたしと橋倉先生しか知らない。」
「 えっ⁉そうだったの⁉」
「 ええ。だから、これをつけてもらう。」
と、私に差し出してきたのはブレスレット。茶色のベルトみたいな生地に金色の小さなリングが二つつけてあり、その間には水色のダイヤがついていた。はっきり言って、めちゃくちゃ私好みで、オシャレだった。
「 こんな、可愛いものをつけていても良いの?」
「 ええ。お金はいらないわ。それを見たら、教師達全員は、結奈が魔女であるという事に気付くわ。だけど、緊急事態の時だけよ。」
「 例えば?」
「 授業を抜け出す時や、力が必要な先生や。まあー、結奈に任せるわ。くれぐれも、授業をサボるために使わないように。」
「 うっ。はーい。」
「 次は、めちゃくちゃ大事な事を言うから、よく聞いて。」
「 うん!」
「 生徒自身が助けを求めてる時だけ、助ける事。」
「 うん。最初から、そのつもりだよ?昨日も言わなかったっけ?」
「 あっ、そうだった。」
「 も~、しっかりしてよ~。」
「 はい!じゃあ、次の話をするわよ!」
「 はーい。」
「 次は、魔女との文通について。」
「 何それ?」
「 魔女のところへ依頼内容が届くまでのルート説明ね。」
「 なるほど。どうやって、届くの?」
「 まず、依頼者が、あっ、生徒の事ね。その依頼者が木曜日の最終下校時刻までに自分の机の中に、白い封筒の中に依頼内容を書き、入れる。そして、この事は、いくら信用している人にも言わない。までが、生徒たちが知っている、魔女との文通について。そして、これから話すことが生徒たちは知らない事だから他言無用よ。」
「 了解。」
「 で、生徒全員が下校したら、警備員の何人かが回収。翌朝、あたしがそれを受け取り、橋倉先生に渡して、橋倉先生が結奈に渡す。で、結奈は依頼内容を読み、パソコンで文字を打ち、印刷して、黒い封筒に入れ、月曜日に橋倉先生に渡す。で、橋倉先生が依頼者のクラス担任に渡して、そのクラス担任が火曜日の朝までに依頼者の机の中に入れる。を、事件解決まで続ける。」
「 結構、大変なんだね。」
「 そうよ。だから、バレないのよ。あなたも、気を付けるのよ?」
「 了解。」
「 あっ!!あと、魔女の仕事を務めることができるのは高一の間だけよ。」
「 えっ⁉」
「 そりゃ、そうでしょ。大学受験に備えないといけないんだから。知っての通り、この学校は、進学校よ。レベルの高い大学に通ってもらうために、高二からは、本格的に受験勉強をしてもらうんだからね。それに、高二から本格的に始めるなんて遅い方なんだからね。」
「 はい。」
「 まあー、それまで、高校生活と魔女生活を楽しみなさい。」
「 はい。」
「 よし、これで話は終わりよ。もう、遅いから早く帰りなさい。明日から、頼んだわよ。魔女さん。」
と、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、屋上から出て行った。私は、大学受験か~と、ため息をつきながら、心の中で呟き、駐輪場に向かって歩いた。