完膚なきまでに叩きのめされた夜叉に、抵抗する術は残されていなかった。三成が体得している、あらゆる退魔術の練習台となり、起き上がることすらままならない。

「これが……抵抗する意思もない、かよわき女子(おなご)にする仕打ちか……この変態野郎」

 残された力を振り絞って出来ることは、せいぜい悪態をつくことくらいだ。その言葉すら、かすれるようなか細い声にしかならない。

「人聞きの悪い事言うなよ、物の怪風情が。人外に油断なぞ禁物。持てる全ての力で貴様を制圧しただけだ」
「ハッ 楽しげに銀の刀を振り回しておきながら、よく言うわ…… くそ、わらわにもヤキが回ったのう」

 夜叉は、ぼんやりと月を見上げながら言った。

「これでもわらわは、かつては東国でも一、二を争う暴れ神として名を馳せたものじゃ。それがこのような惨めな最期を迎えるとはのう」
「東国で一、二ときたか。まだそのような世迷い言をほざく余裕があったとはな」
「信じぬならそれでもいいが……坂東太郎に、赤城のムカデ、日光の大蛇、香取や鹿島の剣神ともしのぎを削ったものよ……」

 いずれも東国で信仰の対象となっている神々だ。これらと覇を競ったとは、夜叉ごときには大言壮語が過ぎる。

「本来のわらわであれば、貴様らなぞひと睨みで殺せたぞ?」
「仮にそれが真実だとして、それほどの霊力の持ち主が、なぜここまで弱くなった?」
「ハハハッ 全くじゃ!! ……都の陰陽師に捕まり、下僕にされたのが運のツキよ」
「ほう? 貴様は式神だったのか?」

 式神は陰陽師が使役する神や鬼の類だ。三成は使っていないが、軍配師の中にも式神を持つ者がいる。彼の師である竹中半兵衛は、鳥獣の形をした式神を何体も使役し、敵情偵察や戦場での連絡に活用した。羽柴秀吉の数々の武勲はこの式神たちに支えられたと言ってもいい。