結婚したのは比較的早かったと思う。
学部は違ったけれど、大学でたまたま、今の夫に出会って何となく付き合いが続いて、その流れで結婚して、別に生活に余裕とかはなかったけど毎日楽しくやってたと思う。
私の知らない分野の話ができる夫がすごいって思ってた。文系な私とは違って、数学とか工学とかそういうものに強いっていうのだけでも未知の世界なのに悔しいことに、この人はかみ砕いて説明するのまでうまいんだから話すのが楽しくて仕方なかった。この人と生きていくんだって疑わなかった。
疑ってないはずだった。
「何か御用ですか」
研究室までお弁当を届けに行った日。六月の七日のお昼頃、梅雨入りしたはずなのによく晴れた日だったのを覚えている。人工知能の論文を書いてるんだって言っていて、博士課程で彼はもうすぐ博士号が取れるかもしれないって、そんな矢先だった。
「あ、の、ミナヅキの妻です。お弁当届けに来たんです」
「ああ、そうなんですか、ねえーミナヅキさんってどこいったの?」
「教授のとこ行くって言ってなかったっけ」
「でも出てったのって十分前くらいじゃん?」
「あー、長そうだなぁ、どうします?待ちます?それとも預かりましょうか?」
「ま、たせてください」
預ければよかったのに。
帰ってからやることだってあったのに。できなかった。一目見た瞬間に息ができなくなってしまった。こんな年下の、しかも同じ研究室の子に。