すぐそばのテーブルに横たえられた彼女はいつのまにか目を閉じていてまるで眠っているみたいに見える。触った感じは相変わらず人間と何ら変わらなくて、ただ熱がない。本当に死んでしまったみたいで鳥肌が立つ。今はまだ、電源を入れれば彼女は動くのかもしれない。けど、本当に「死んで」しまったら、もう彼女の声を聞くことさえ叶わなくなる。

 「レイ、お前がどうとか言ってられなくなった。いいな」

 「…うん、わかった」

 キヨハが起きたら、言いたいことは沢山ある。どこが可愛いだとか、なにが似合うとか、次はどこにいこうとか、二学期は何しようとか。それ以上にただ、好きだってそれだけ言えれば、彼女が俺を忘れたとしても俺は

 「プロテクト終わった。マザーの電源一回落とすぞ」

 ぶつっと音がして沢山あった画面が一斉にシャットダウンする。チカチカと緑のランプが点滅して勝手に再起動を始めた。研究員さんたちは真剣な表情でそれを見ている、もちろん兄さんも。

 「ファブリ、キヨハの再起動して」

 「うん」

 ファブリさんがキヨハを壁にもたれかかるように座らせると首のあたりを触る。やっぱりそれはただ眠っているように見えて、すこし不気味だった。

 「G9-000、タカシロ キヨハの再起動を開始します」

 間違いなく彼女の声なのに無機質で抑揚なくそう言うと、彼女の体からは小さく機械音がする。まだつながっていない手首だけが妙に存在感を放っていて思わず目をそらした。

 「検体番号G9-000、タカシロ キヨハを再起動しました。読み込みは正常に終了しました」

 口だけが動いてそう告げると、キヨハはゆっくりと目を開けた。

 「キヨ、気分はどうかしら?」

 マリアさんじゃないほうの女の人がおそるおそる声をかける。眠そうにしていた目はいつものようにぱっちりと見開かれ、キヨハはきょろきょろとあたりを見回した。

 「…なんでマザーの部屋に?」

 「キヨ、今日は何日?さっきまでなにしてた?」

 「さっきまで、わたし、…あ、そうだ、ファブリいきなり電源切るのやめてよ」

 「よかった、覚えてるんだ。彼のことはわかる?」

 「わかるにきまって…レイ? どうしたの、泣いたの?」

 慌ててテーブルから降りると、よたよたとキヨハは駆け寄ってきた。動かしたばかりだからなのか少し足元がおぼつかないようだ。腕をつかんで支えると、俺の顔をまじまじと見つめて眉をハの字にする。

 「どうして泣いたの? なにがあったの」

 「なんでもない、ただキヨハのことが好きだと思って」

 「な、なにそれ、恥ずかしいなあー」

 眉はさげたまま、だけどどこか照れたようなすねたような顔をして彼女は笑った。よかった。動いてくれて、よかった。

 「マザーがハッキングされたんだ、影響されてないか?」

 「電源切れてたからとくに、無線もつながってなかったし…なんかでも、大事なこと忘れちゃった気がする」

 「大事なこと?」

 「うん、なんか、ジュンイチとの、なにかだったような、でも、なんだろう、思い出せないの」

 俺かお前の恋愛がパーになるか、ってさっき兄さんがいっていたのはもしかしてこのことだったんだろうか。兄さんの表情は、無表情のようで、笑っているようにも見えた。

 「キヨハ、ミナヅキ アカリって知ってる?」

 「そんな人関係者にいたっけ?」

 「…ううん、なんでもない、よかった再起動できて」

 ふっきれたような、悲しそうな、そんな声音で兄さんはキヨハの頭を撫でた。キヨハはきょとんとしながらも左手で俺の服の裾をつかんでいる。

 キヨハのベースにあったというその人のデータは、兄さんにとってなによりも価値があったはずだけれどそれが消ええしまって今何を考えているんだろう。

 「コピーのコピー上書きするのは危ないな、ルイさんマザーの復旧したらもう一回キヨハつないでバックアップとりましょう」

 「あ、ああ、そうだな、復旧したらきっとアカリのデータも」

 「いや、多分ない」

 さらっとそういうと同時にパソコンは起動した。慌てて小柄な女性がキーをたたくと信じられないといった顔で画面を凝視する。

 「フォルダは、全部無事みたい、なのです」

 「…スピカ、アカリのフォルダ開いてみて」

 「はい…あっ」

 「な、空だろ」

 全員が信じられないとでもいうように画面を見つめた。キヨハも画面をのぞき込むと、首をかしげて「なんのデータだろう」とつぶやく。俺は、キヨハからこの人の話を聞いたことはないけれどベースにしてたってことは体の中に、いや頭のほうかもしれないけれど、この半年間ずっと一緒にいたんじゃないんだろうか。

 「キヨハの人格はもう完成したし、いいよ、改めて書き込まなくて」

 「でもジュンイチ」

 「潮時なんだろ、きっとね」