「…なんの音だ?」

 ルイさん、が多分そんな感じのことを言った。全員が黙るとかすかにサイレンのようなものが聞こえる。

 「まずい、マザーの警告音だ」

 「うそ、何が起きたの」

 「早くしろ!」

 研究員の人たちが血相を変えて部屋を出ていく。ファブリさんも慌ててキヨハを抱きかかえてこちらを向いた。

 「ジュン!何してんの行くよ!」

 「あ、ああ、…レイ、お前も来い」

 「えっ」

 「早く!」

 言われるがままついていく。病院のようなつくりの建物はどこか無機質で人間らしさとか生活とかそんなものを何も感じない。白い壁ではないのに酷く冷たいだけの印象を受ける。

 「ショーン、解析は」

 「わかんねえ、けどハッキングっぽいな」

 「どうするの、ここにはキヨハのバックアップが全部入ってるのに」

 「サブコンピューターにもコピーしてあっただろう、昨日の分までは」

 「それでも、データが、キヨハのデータが全部消えちゃうの、ですよ!」

 早口すぎて全部は聞き取れないけれど、ハッキングが、バックアップが、キヨハのデータが、そんな単語だけが断片的に拾える。この部屋は、おそらく研究所の中枢で、キヨハのすべての記録がこの中にあるんだろう。

 「ジュン、このままだとマザーじゃなくてキヨハのほうのデータも飛んじゃうかもしれない」

 「でもコピーはあるんだろ、だったら」

 「ハッキングで新手のウイルス飛ばされてる、素人みたいだけどこのままだとキヨハのほうのコアがやられて再起動できなくなるし、それに」

 「ジュンイチ、これは可能性だけど、コピーのコピーなんて劣化するわ、そんなことしたらもしかしたらキヨハは…」

 「今日までの研究データが飛ぶか、レイとのデータが飛ぶか、アカリのデータが飛ぶか、のどれかだろうな」

 苦虫をかみつぶしたような、そんな表現を本当に使う日がくるなんて思わなかった。兄さんの顔はさっきまでとは比べ物にならないほど苦しそうに歪んでいて、ビービーとエラーを吐き出す画面を見つめている。

 「なにが、おきてるの」

 「研究がパーになるか、俺かお前の恋愛がパーになるかってかんじ」

 「なにのんきなこと言ってんの! キヨ壊れちゃうかもしれないのよ!」

 「今電源落ちてるだろ、マザーのプロテクト固めたらキヨハの再起動すればいい」 

 「そしたらデータが」

 「キヨハの本体に比べれば安いもんでしょ、劣化コピーでなにかが飛ぶって決まったわけでもないし」

 「でもっ」


 「やんなきゃ、キヨハが死んじゃうだろ」


 アンドロイドって、死ぬんだろうか。壊れるじゃなくて、死ぬって言い方を兄さんはした。