「レイ、あのね、キヨハは人格のベースにきちんと人間がいるのよ」
「ベース?」
「そう、日本ではまだメジャーじゃないけど、エミュレーションっていう技術があるの。人間の記憶や感情をデータにして機械に移すというものでね、ベースの方はもうなくなっているけどその人はジュンイチの恋人なのよ」
「恋人?…じゃあ、もしかして」
「違う、俺はアカリさんを作ったわけじゃない」
「わかってるわ、そんなこと言ってないでしょ」
マリアさんは大きくため息をついて兄さんの肩をたたく。兄さんは相変わらずの無表情だった。俺はこの人が笑っているところを見たことがないかもしれない。キヨハには、笑いかけたりするのかもしれないけれど。
「レイ、俺は多分お前が思ってるようなできる兄貴じゃないよ」
「俺だって、父さんに期待なんかされてないよ、今だって兄さんのこと探して、いつだって優先順位は兄さんに偏ってるのに、何が不満なんだよ。キヨハがいなくたって、そんだけの頭があったら誰も、見捨てたりしないじゃん」
「俺は俺の頭なんか必要じゃないから」
「またそういうっ」
「俺には、アカリさんさえいればよかったんだ。だから、アカリさんがずっと、できたらいいねって、人間を作れたらっていうから俺はキヨハを人間にしたかったんだ」
アカリさん、というのがその恋人のことなのか。その人はもしかして、前に父さんから聞いた既婚者だったという人か?いや、別の人かもしれないけれど、そんなのはどうでもいい。
アカリさんが言っていたからキヨハを?その人が望んだから?兄さんの成功を?それは、キヨハが好きなんじゃなくて、結局そのアカリさんとの時間や思い出に傾いてるじゃないか。
「兄さんは、その人を喜ばせたいだけじゃん」
「……………」
「それはキヨハが大切だからとかじゃない。兄さんが本当に大切にしてるのはその人の言葉とか思い出とかそういうのだろ。それをキヨハに押し付けるなよ、人間なんだろ、ここで作ろうとしてるのはタカシロ キヨハっていう一人の人間なんだろ! だったら、キヨハに押し付けんなよ! キヨハに、兄さんのことまで背負わせようとすんなよ!」
腹から声を出したのなんて、初めてかも入れない。無表情を貫いていた兄さんはやっと表情をあらわにして俺を見る。そうだ、こんな距離でじっくり兄さんと話したことすらない、俺たちは兄弟なのにこんなにもお互いを知らなさすぎる。
涙が止まらない。キヨハ、キヨハ、キヨハ。俺は君が好きだよ。何度でも俺を選んでほしい、俺はただ一緒に居たいだけだ。体裁とか外聞とか将来とかそんなものどうだっていい。
ただ好きだ。あの日、俺が一番に名前を教えてくれたからって、そんな些細なことを俺に伝えてくれる君が好きだ、私可愛いからっていたずらに笑う君が好きだ、女の子との些細な会話を気にしている君が好きだ、次はどこに行こうかって優しく微笑む君が好きだ、自分は人間じゃないって辛そうに、それでも俺の目を見てくれる君が好きだ。
君が何者かなんて、俺には何の関係もない。