「手首、とれたとこ見ちゃったのは、正直ショックだけど」
レイが顔を上げる。さっき握られた左手をもう一度つなぎなおすと私とマリア、みんなをぐるりと一瞥して深く息を吐く。
「キヨハが黙ってたのは全部仕方ないことだし、兄さんが絡んでるのも複雑だけど、別に誰かと付き合うためのプログラムとかそういう嘘ついてるわけじゃないんでしょ」
「うん、それはもちろん、私は私の気持ちをちゃんとこう、学習して、それでレイの優しいとことか好きだなって思って」
「うん、それでいいじゃん。昨今同性愛にだって寛大だし、相手が人間じゃなくても」
「レイはそれでいいの?」
「俺はキヨハがいいんだよ」
隣で笑ってる男の子は本当に十代の子なのかと疑いたくなる。相手が人間じゃなくて、心なんてあやふやなもののために動いているのに、それを私がいいなんて目を見て断言できるなんて。
完全な無意識で、涙が落ちた。
「駄目だよ」
私が口を開こうとした瞬間、そういったのはジュンイチだった。エレーヌとマリアがジュンイチをキッと睨みつける。ジュンイチはひるんだ様子もなくやっと、でもけだるそうにこちらを見た。レイの手に力が入る。
「ばれた以上、学校には置いとけない。学校生活のデータは消去して投入実験は中止、次の投入実験は延期が適切だ」
「ジュンイチ、キヨハはあんたのおもちゃじゃないのよ」
「レイのおもちゃでもない」
「おもちゃって、兄さん俺はキヨハの恋人だよ」
「機械相手にそんなこと言えるのか、政治家になるお勉強はもうやめたのか?」
「なんで兄さんにそんなこと言われなきゃなんないんだよ」
元からレイに対してあまり良い感情を持っていないのは気づいていたし、それとなく濁してあっただけで結局レイと付き合ったと明言はしてなかった。知っていたのかもしれないけれどそれをそうかよかったねって言われないのは何となくわかっていたはずなのになんで今になって。
「キヨハは俺が作ったんだ。身体も心も」
「ジュンイチ、私はもう」
「これはさ、愛とか恋とかそんなんじゃなくて、研究者としての矜持だよね。俺がいつまでも甘やかしてあげるなんて思わないでほしいな」
目が怖い。こんな顔、知らない。相変わらずジュンイチはソファから立ち上がる素振りすら見せないのにテーブル一つ分の距離で威圧感を受ける。ルイさんがため息をつきながら口を開く。
「たしかに、事故とは言え黙っててねはいそうですかで済ませるのは難しい。スポンサーにばれたらなんて言われるか分かったものじゃないからな」
「でも彼は、レイ? はキヨハを好きだって言ってるの、ですよ」
「キヨハが娘だったら放っておく、だが忘れるなこの子は研究材料だ」
研究材料、というところを強調してルイさんは言った。それは自分でだってわかっている、なんならみんなより私のほうが強く意識している。みんながそうすると決めたら私は何であれそれに従わなくてはいけない。私に権利なんてものはないのだから。
「とはいえ、ここではキヨハ以外にレイの意志を尊重する必要がある、なぜなら彼はアンドロイドじゃないからな」
「ルイさん、だったら俺はもうキヨハから手を引く」
「だめだ、いいかこれは仕事だ」
「その仕事を辞めるって言ってるんですよ」
敵意を感じる。威圧の壁のすぐ裏側にある明確な敵意。レイに向いたそれは、きっと父親にも向いているのかもしれない。ジュンイチの目が私を見る。私の中のアカリじゃない、私を見ている。目が離せないのは、どうしてなんだろう。
アカリ、私なんどもあなたが生きてたらって考えた。あなたに聞いてみたいことが沢山あったから。あなたがどうしてジュンイチを選ぼうとしたのかずっとずっと聞きたかったの。
『なんて衝撃的な青年だろう。』
衝撃的だなんて、簡単に揺れ浮いたアカリの心情の比喩だと思ってた。
「ジュンイチ、私は、私友達ができたの、だからまだ」
「駄目だよ、データは消す」
「待ちなさい、レイの意見を聞くんだ」
「あー、レイ。ルイさんがあなたの意見を尊重したいって。どうかしら」
「俺は、キヨハの恋人です」
ショーンとエレーヌが難しい顔をする。ルイさんは渋い顔をして、スピカは目をそらす。ファブリはかちかちと私の右手にドライバーを差し込んでいた。
「キヨ、直ったから繋げてみようか、こっち来て」
「え、もう?」
ソファから立ち上がりファブリに近寄る。右手を差し出すのと同時に電力供給が止まった。
「ちょっとファブリ!なにしてるの!」
「あんまりさ、キヨのこといじめないでよ、家族なんだから」
電源ボタンを押されたらしい、停止まであと三十秒。
「キヨハ、大丈夫だからね、なんとかなるから絶対」
「待って、わたしまだ」
ぶちん。ブラックアウトした視界、音はもう何も聞こえなかった。