◆
「うっわあ、えぐい。派手にやったなあ」
「手首だけでよかったよ、です。あとは怪我してないの、ですか?」
「うん、ほかは平気だよ」
ファブリが困ったように右手の断面を見る。どうやら関節の役割を果たしていたネジをとめている部品が結構派手に破損したらしい。すぐ直るよ、とは言うけれど余計な手間をかけてしまったようで申し訳ない。
「まあ、いままで怪我しなかったのが不思議なくらいだしね。いくら設定してあっても事故っておきるものだし」
「エレーヌもごめんね、ネジもどっかいっちゃって」
「いいのいいの、ファブリならちょろいわよ」
「うるさいぞ、お前たち。お客様の前で」
ソファに座ったレイはエレーヌの出したお茶にも手を付けずきょとんとしたような、呆然としたような顔をしていた。まだいろいろと追いついていないのかもしれない。
ガチャリと音がして後ろを振り向けば酷く不機嫌なジュンイチと、それを引きずるようにショーンとマリアがやってきた。ジュンイチはファブリの持っていた私の右手と、綺麗に手首のない私の腕を見て眉間のしわを二倍にする。目線はレイには向かなかった。
「にい、さん?」
「えーっと、じゃあ順番に説明するわね」
マリアが日本語が堪能でよかったなと思う。ルイさん以下マリア以外のみんなも聞き取れるけど話すのは苦手だそうだし、ジュンイチはレイとは話してくれないだろう。
「私はマリア、ここの研究員です。あなたのことは、キヨからよく聞いてるわ。で、これあなたのお兄さんね、ジュンイチも研究員なの」
「タカシロ レイです。兄さんが、八王子で研究員らしいっていうのは聞いてました」
「だれから?」
「父です。どうやったか知らないけど、調べてたみたいで」
ジュンイチはぴくりと肩を震わせるけれどやっぱりレイのほうは見ない。レイは困ったようにジュンイチとマリアを交互に見た。
「あの、キヨハは治るんですよね?」
「え?」
「えっ、あの、手首治りますよね?」
「キヨハがなんなのかとか、そういう質問じゃないのね」
「だって、それは、多分聞かなくても教えてくれるんでしょう? それより俺は機械工学とか勉強したことないから治るのかどうかもわかんないし」
「直るわ。うちには腕のいい技師がいるから、ねえファブリ」
ファブリがレイに向き直るとにっこり笑う。手を持っているのはちょっとシュールだけど、レイはほっとしたようにため息をついた。
「まずね、ここはAI研究、特に今はキヨハの試用について注力してるけれどアンドロイドと人工知能をこれからの未来にどう使うか研究しているわ。キヨハはまあ見ての通り機械で、人工知能が今は学習している段階なの」
「学習、ですか」
「私たちの研究は、例えば仕事や医療現場でAIを投入できないかってことだけどキヨに関しては「心」を作る研究って言えばいいのかな。機械に感情を持たせるための運転中。元々キヨハのこと作ったのはジュンイチなんだけど、私たちは運用に関してのメンテナンスみたいなことが仕事かしらね」
「キヨハ、全部知ってたの?」
「全部ではないけど、ごめんね嘘ついてて」
「嘘というより業務上の機密なの、一部の先生方には伝えてあるわ。日常生活にアンドロイドをなじませられるのかっていうのが目的なのよ」
信じられないというように唇を半開きにしてまじまじと私を見る。両手を差し出すと、左手をとって自分の手とならべて観察して「見えない」とだけ一言つぶやいた。
シリコンに近い材質ではあるけれどしわの寄り方とか爪の付け根とか、そういうところまでこだわったのはジュンイチとアキトさんの趣味だ。
「ジュンイチは今年院を卒業してうちにきたの。だからキヨはまだ生まれて半年強くらいね」
「八カ月ちょっとだね」
「すごいね、人間にしか見えないよ」
「みんなが喜ぶよ」
みんなに一言声をかけると、深く首を縦に振る。そりゃそうだ、人間に見えるようにじゃなくて人間を作る研究なんだから。
「おうちのことは、あとでジュンイチと話してちょうだい。私たちはそこまで口出せないから。それとキヨハのことなんだけど、ほかの人には言わないでほしいの。どうしてもいやならデータを消すし、学校からは撤収させるわ。あなたは研究員じゃないから」
どうだろう。レイは、今どんな気持ちだろう。怒っている?悲しんでいる?騙されたと思って私のことを殺したいくらい憎いかもしれない。しかも私の関係者には長く音信不通だった実兄までいて、いっぺんに情報が流れてきて混乱しているかもしれないし。
じっと押し黙ったまま、レイの言葉を待つ。マリアは少し不安そうに私を見ているけれど、たとえ相手がひとりだろうとばれてしまったからにはデータ消去だって視野に入れなきゃいけないことは最初からわかっていたのだ。
嫌われたかな、泣きそうになるくらいごちゃごちゃといろんなものがせりあがってくる。ここで泣いたら、レイが悪者みたいになる。レイは何も悪くない、私が嘘をついてただけだ、私がどうにかしてほしいなんて言う権利はない。
「うっわあ、えぐい。派手にやったなあ」
「手首だけでよかったよ、です。あとは怪我してないの、ですか?」
「うん、ほかは平気だよ」
ファブリが困ったように右手の断面を見る。どうやら関節の役割を果たしていたネジをとめている部品が結構派手に破損したらしい。すぐ直るよ、とは言うけれど余計な手間をかけてしまったようで申し訳ない。
「まあ、いままで怪我しなかったのが不思議なくらいだしね。いくら設定してあっても事故っておきるものだし」
「エレーヌもごめんね、ネジもどっかいっちゃって」
「いいのいいの、ファブリならちょろいわよ」
「うるさいぞ、お前たち。お客様の前で」
ソファに座ったレイはエレーヌの出したお茶にも手を付けずきょとんとしたような、呆然としたような顔をしていた。まだいろいろと追いついていないのかもしれない。
ガチャリと音がして後ろを振り向けば酷く不機嫌なジュンイチと、それを引きずるようにショーンとマリアがやってきた。ジュンイチはファブリの持っていた私の右手と、綺麗に手首のない私の腕を見て眉間のしわを二倍にする。目線はレイには向かなかった。
「にい、さん?」
「えーっと、じゃあ順番に説明するわね」
マリアが日本語が堪能でよかったなと思う。ルイさん以下マリア以外のみんなも聞き取れるけど話すのは苦手だそうだし、ジュンイチはレイとは話してくれないだろう。
「私はマリア、ここの研究員です。あなたのことは、キヨからよく聞いてるわ。で、これあなたのお兄さんね、ジュンイチも研究員なの」
「タカシロ レイです。兄さんが、八王子で研究員らしいっていうのは聞いてました」
「だれから?」
「父です。どうやったか知らないけど、調べてたみたいで」
ジュンイチはぴくりと肩を震わせるけれどやっぱりレイのほうは見ない。レイは困ったようにジュンイチとマリアを交互に見た。
「あの、キヨハは治るんですよね?」
「え?」
「えっ、あの、手首治りますよね?」
「キヨハがなんなのかとか、そういう質問じゃないのね」
「だって、それは、多分聞かなくても教えてくれるんでしょう? それより俺は機械工学とか勉強したことないから治るのかどうかもわかんないし」
「直るわ。うちには腕のいい技師がいるから、ねえファブリ」
ファブリがレイに向き直るとにっこり笑う。手を持っているのはちょっとシュールだけど、レイはほっとしたようにため息をついた。
「まずね、ここはAI研究、特に今はキヨハの試用について注力してるけれどアンドロイドと人工知能をこれからの未来にどう使うか研究しているわ。キヨハはまあ見ての通り機械で、人工知能が今は学習している段階なの」
「学習、ですか」
「私たちの研究は、例えば仕事や医療現場でAIを投入できないかってことだけどキヨに関しては「心」を作る研究って言えばいいのかな。機械に感情を持たせるための運転中。元々キヨハのこと作ったのはジュンイチなんだけど、私たちは運用に関してのメンテナンスみたいなことが仕事かしらね」
「キヨハ、全部知ってたの?」
「全部ではないけど、ごめんね嘘ついてて」
「嘘というより業務上の機密なの、一部の先生方には伝えてあるわ。日常生活にアンドロイドをなじませられるのかっていうのが目的なのよ」
信じられないというように唇を半開きにしてまじまじと私を見る。両手を差し出すと、左手をとって自分の手とならべて観察して「見えない」とだけ一言つぶやいた。
シリコンに近い材質ではあるけれどしわの寄り方とか爪の付け根とか、そういうところまでこだわったのはジュンイチとアキトさんの趣味だ。
「ジュンイチは今年院を卒業してうちにきたの。だからキヨはまだ生まれて半年強くらいね」
「八カ月ちょっとだね」
「すごいね、人間にしか見えないよ」
「みんなが喜ぶよ」
みんなに一言声をかけると、深く首を縦に振る。そりゃそうだ、人間に見えるようにじゃなくて人間を作る研究なんだから。
「おうちのことは、あとでジュンイチと話してちょうだい。私たちはそこまで口出せないから。それとキヨハのことなんだけど、ほかの人には言わないでほしいの。どうしてもいやならデータを消すし、学校からは撤収させるわ。あなたは研究員じゃないから」
どうだろう。レイは、今どんな気持ちだろう。怒っている?悲しんでいる?騙されたと思って私のことを殺したいくらい憎いかもしれない。しかも私の関係者には長く音信不通だった実兄までいて、いっぺんに情報が流れてきて混乱しているかもしれないし。
じっと押し黙ったまま、レイの言葉を待つ。マリアは少し不安そうに私を見ているけれど、たとえ相手がひとりだろうとばれてしまったからにはデータ消去だって視野に入れなきゃいけないことは最初からわかっていたのだ。
嫌われたかな、泣きそうになるくらいごちゃごちゃといろんなものがせりあがってくる。ここで泣いたら、レイが悪者みたいになる。レイは何も悪くない、私が嘘をついてただけだ、私がどうにかしてほしいなんて言う権利はない。