「昼食べた後なんか考え事してただろ」

 駅で解散した後、話があるからってレイだけ残った。またメッセージ飛ばすねなんてマユは笑っていたけれどどんな気持ちでこっちを見ていたんだろう。嫌われちゃったらどうしよう、やっぱり仲良くできないなんて思われたらどうしよう。マユだって、大切な友達なのに。

 「なんでもないの、食べ過ぎちゃってちょっと気持ち悪くて」

 「嘘、つかなくていいよ」

 どうしてバレるんだろう、今絶対私は完璧な顔で笑ってたはずなのに。声のトーンだって変えてたのに、感情に左右されないようにプログラムに任せて喋ってたはずなのに。どうして。

 「シキになにか言われたんだろ」

 「そんな、本当になんでもない」

 「…マユのこととか?」

 「知ってたの?」

 言ってからはっとする。認めてしまったようなものだ。目を伏せるようにしてレイは「ふった」とだけ一言そういった。

 「ふっ、た?」

 「キヨハがきて、しばらくして告白されたけど断ったんだ。そしたらやっぱりキヨハには勝てないよねなんて言ってて。あいついつから知ってたんだろうな」

 マユは、シキちゃんにすら言わなかったようだけどきちんとレイに向き合ってたんだ。
 強いな、私が同じ立場だったらどうしてただろう、黙りこくってばれないようにして、好きだったことすらなかったことにして時間がたつのを待ってしまいそうな気がする。

 「だからキヨハが心配するようなことは」

 「ちがうの、違くて。私マユにレイのこと相談しちゃったからそれでマユが気を悪くしてたらどうしようって不安になって」

 「嫌いだったらさ、夏休みにわざわざ遊んだりしないから」

 シキちゃんと同じようなことを言う。どうして、憎くならないのだろうか。とられたとか、そんなふうに思わないんだろうか。アキトさんも、マユも、どうして笑っていられるんだろう。自分よりも他人を気遣えるなんてそんなのつらいだけなのに。

 「キヨハのこと好きなんだって」

 「マユが?」

 「うん、俺より付き合い浅いのに俺より好きかもしれないって。だから俺の相手がキヨハだったら平気なんだってさ」

 笑っていいそうなところも容易に想像できる。レイとキヨハが幸せならオールオッケーとか、きっと平気で言うんだろう。
 そんなの、マユだけが我慢してるみたいなのにどうしてそんなこと言えてしまうんだろう。もっと怒ってくれていい、ずるいって、ひどいってそういってくれたほうがいいのにって思うのに。

 「いいんじゃん、気にしなくて」

 「だって」

 「マユが別のやつ好きになったら一番に応援してやったらいいじゃん」

 さも簡単なことのように言うけれど、人を好きになるってとても複雑な感情だ。一方通行ではダメなことも多い。それこそ、ジュンイチたちみたいに。

 「マユに、電話する。今日の夜」

 「うん、いいんじゃない。まあキヨハがなんて言おうとあいつ多分笑うけどね」

 私もそう思うし、私より付き合いのあるレイがいうんだからきっとそうなんだろう。気持ちの折り合いをつけないといけないのはむしろ私のほうなのかもしれない。ぐずぐず考えていたって何かが変わるわけじゃないのだ。だって彼女らは、アンドロイドじゃないんだから。

 「ありがとうレイ、すっきりしたかも」

 「彼氏だから、一応」

 「根に持ってるでしょ」

 「いやーべつに?キヨハはツンデレなんだなって思っただけだけど?」

 いじわるそうな顔でそう言われると言い返せない。ツンデレなんて自覚はないけど、みんなと居る時のレイはやっぱり余所行きモードだからついついああなってしまうだけで。

 「猫被ってない俺が好きなんでしょ」

 「まあ、うん、そう」

 「嬉しいことじゃん」

 帰ろうか、レイが荷物を持って立ち上がる。慌てて追いかけると「ひよこみたい」とまたそういうことを言うから私だって、むっとしてこう、ちょっとたたいてみたりしたくなるのだ。

 「ほら、早く来ないと荷物貰っちゃうかんな」

 「まって、階段危ないから」

 言った瞬間、私が段差を踏み外した。あ、って顔をしたレイが見える。いやでもまだ十段もあがってないし、痛くないし、これくらいなら――

 「キヨハ!」

 ぐしゃっ、と地面にこすれる音がする。平気平気、なにもたいしたことなんかない。高いところから落ちたわけじゃないんだし

 「キヨハ! 大丈夫?」

 「うん、平気。ちょっと尻餅ついただけ。危なっていったでしょ?」

 「ごめんって、だってまさか…」

 「レイ?」

 言った本人が落ちてるんじゃ格好付かない。ふいにレイの言葉が途切れる。不思議に思っていたら、彼は私の右後ろあたりを凝視していた。

 「っもう、なに」

 つられて目線を落とす。パチっと静電気がはじけるような音がした地面についたはずの私の右手はなく、レイが見ていた少し後ろのほうを慌てて振り向けば人工皮膚がぶっつりとちぎれた私の右手がごろりと転がっていた。

 断面は、当然だけどみんなの持てる技術を詰め込んだ機械がのぞいている。落ちた衝撃が強すぎて関節部分のねじが壊れてしまったんだなと私は妙に冷静だった。

 「キヨハ、なに、あれ」

 私の、右手のとれた手首と落ちた右手を交互に見ながら震える声でレイは言った。

 「義手なの」

 「嘘だ、ねえ、キヨハ本当のこと言って、なにあれどうして」

 パチッ。ああ、導線も切れてるからぱちぱちいってたのか。やっぱり私だけが酷く冷静だった。たちあがって右手を拾い上げる。レイの顔は、驚きとが恐怖とかそんな色をしていた。

 「私ね、人間じゃないの」

 そこまで言うのが精いっぱいで、無意識に私は緊急信号をルイさんに飛ばしていた。
 数十分後、ルイさんが愛車で迎えに来てくれて、私の手首とレイを交互に見て苦い顔をした。

 「何があった」

 「階段から落ちたら、手の付き方悪かったみたいで」

 「そうか。彼がレイだな?」

 「そう」

 「一緒に来てくれるよう伝えなさい」

 「レイ、この人ルイさんって言って私の保護者。一緒に私の家までついてきてくれない?」

 「え、あ、ああ、うん、わかった…」

 まだ呆然としたレイと一緒に後部座席に乗り込む。ルイさんは黙りこくっていて、レイは不安そうに私を見た。私は、微笑むことしかできなかった。