「ううーん、さすがシキのセンスは最高だね」

 「まあ、キヨハに着せるならこれしかないなって思ったし」

 「二人だって新しい水着じゃん」

 「だってキヨハは芸能人にいそうなレベルの顔してるじゃん」

 それはみんなの趣味で作った顔だから、とうっかり言いかけて飲み込む。美醜の是非、特に顔面の造形に関しては正直なところ美女も野獣もわかったもんじゃない。美術品とかの審美眼ならまだましなほうだと思うけれど、人間の顔の良し悪しは正直本当にわからないのだ。

 「ほらほら、レイに見せにいかないとっ」

 「もー、押さないでよー」

 「アオイたちあっちにいるっぽい」

 マユに背中を押されるようにレイとカガチくんによっていくとレイが眉間にしわを寄せた。

 「しまった、コンタクトにしてくるんだった」

 「雰囲気ちがうなと思ったらそういうことか」

 「レイのばか! メガネが本体!」

 「マユのそれは悪口なの?」

 浮輪を持ってさっさと歩いていく三人の後ろを歩きながら人間は不便だなあなんて思うし、残念な気持ちになる。どうしてもってほどではないにせよ一言くらいは、横目でレイを見ると首をかしげながら笑ってこう言った。

 「メガネなくたってこの距離なら似合ってるのわかるんだけどね」

 わざとだ。そしてずるい。わかっててやっている分たちがわるい、兄弟のくせにこういうことさせるとレイのほうが圧倒的に手馴れているのはなぜなんだろう。

 「メガネ、ないほうが格好いいかもよ」

 「キヨハまでそういうこと言う!」

 照れ隠しだったとばれただろうか、ばれてるんだろうなあって思いながら顔に触れるといつもより少し熱い気がした。
 こんな顔みないでほしい、レイの背中を押して早歩きで三人を追いかける。こっちを振り向いたマユとシキちゃんが良いものをみつけた、みたいな顔でにやにやと笑っていた。

 「マユどこめざしてるんだ?」

 「流れるプール!」

 外にあるプールの中で一番大きな面積のそれを指さしてマユは笑った。カラフルな浮輪やフロートに乗った人たちが水をかけられたりおっこどされたりしながらくるくると遊泳している。

 防水は昨日、ファブリとマリアに点検してもらったから問題ないはずだ。あれからエレーヌとショーンはなんとなく雰囲気が変わってみんながここぞとばかりに茶化しているのできっとうまくいったんだろうしなんとなく二人一緒にいさせてるようだ。そんなわけであの日以降私のメンテナンスはファブリとスピカがメインに交代で行われている。

 臭腺がない私はお風呂にはいる必要もなかったから防水は生活防水程度だったけれど、ジュンイチの「いまどきスマホだって完全防水なのに」の一言でみんなはなにやら火が付いたらしかった。スマホなんかに負けられないとマリアが言っていた気がする。

 「そういえばキヨハはプール初めてって言ってたよね」

 「うん、いままで友達と外に遊びに行くってのもなくて」

 「タカシロってどっかのお嬢様かなんかなのか?」

 「そんなことないよ、その、友達つくるの苦手なの」

 正直なことを言えばそもそも春も夏も初めてだ。身体はまだ月齢レベル、生まれたのは半年前ですなんて、まあ言えはしないけれど友達とかプールとか学校とか恋人とか、記憶の中にはないこともないけれどそれは私じゃない。私自身の経験でそれを上書きしていかないといけない。

 「怖い? 俺がだっこしてあげようか?」

 「シキちゃん、レイのこと沈めよう」

 「オッケー、キヨハそっち抑えといて」

 「待って待って待って待って」

 シキちゃんと一緒にレイを押すとどぼんっと大きな音をたてて水柱がたつ。それをみて声を上げて笑うマユとカガチくんがいて、浮き上がってきたレイに派手に水をかけられた。

 普通のことを、普通にしていい。

 マリアの台詞が反芻する。

 きみが生きているだけでこの世界には価値があるよ。

 ジュンイチの言葉も。

 最近、アカリの記憶に頼ることも彼女の経験に引っ張られることも少なくなった気がする。もちろん知りたいことはいくらでもあって、そのために記憶がないのは困ることもあるのだろうけれど、それにもう頼らないでいいならそれに越したことはない。

「キヨハが夏前に転校してきてラッキーだったね」

「マユのおかげだよ」

「そうかなー?」

 ラッキーだったのはむしろ私のほうなのかもしれないって、四人を見ながら強く思う。当たり前のように「思う」ことがもうすでに、ほとんど人間としては完成しているのかもしれない。

「後でスライダー行こうよ、あと波のプールも」

 「俺、地下の温浴場行きたい」

 「アオイ、おっさんじゃん」

 「レイ、女ばっかだぞ。腹冷えたらどうする」

 「いや、父親じゃん!」

 熱い、寒い。冷える、温める。お腹がすく。疲れる。眠くなる。そのどれもが、私にはないけれど、楽しい、嬉しい、美味しい、好きだと、それは間違いなく私のもので私だけのもので、私が生きていた証明になればいい。

 「ねえ、あそこのスライダー浮輪で滑るんでしょ?あれも行こう」

 「いくいく、もうぜーんぶ行くっ」

 きらきらと光るマユとシキちゃんを見て思う。
 この二人と友達で、楽しいって思うことも、レイとのことをきいてもらったのも全部全部忘れたくないって。エラーが起きても初期化はしたくないって、私の意志でそう思う。