「キーヨーハー!こっちこっちー!」
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いやまだ時間じゃないからへーきへーき」
快晴。真夏日ですと言った天気予報はしっかり予報通りで道行くスーツの人たちが滝のような汗を何度も何度もぬぐっている。
帽子を被った子供たちや日傘を差したご婦人、ペットボトルを首筋に充てている母親と女の子、アスファルトが熱されて排気ガスと混ざった独特のにおいがする。
「いいねいいね、夏って感じで。プール日和だわ」
「マユ、日焼け止め持ってきたのか?」
「持ってきたよ、もーこれ以上そばかす増えてほしくないもん」
マユの鼻の頭にはうっすらとそばかすがあるけれど、笑うと赤毛のアンのようでかわいいのになあと私は思う。本人はいやだいやだと言っているからコンプレックスなのかもしれないけれど私は好きだ。
「すまん、待たせた」
「あちーな、今日」
「あーっ遅いぞ二人とも」
「悪かったって」
半袖のTシャツにハーフパンツにサンダルという夏ですって感じの出で立ちでカガチくんとレイがやってくる。レイは決して貧相ってわけじゃないけれどカガチくんと並ぶとどことなく弱そうに見える。カガチくんは足首から下が真っ白で明らかな靴下焼けをしていた。
「バス停あっちだって、いこいこ」
楽しそうにマユはスキップをしていてシキちゃんはそれを見て優しく笑っている。お姉さんと妹って感じがしてちょっとおかしくなった。
「お前、なんでシキとキヨハと並ぶとそんなに子供っぽいわけ?」
「はー? レイに言われたくないんですけど!無邪気なんだよむーじゃーきぃー」
「クソガキの間違いじゃなくて?」
「キヨハ! お宅の恋人どういう教育してるの!」
「殴っていいんじゃないかな」
「待って嘘でしょ」
マユに胸倉をつかまれながらも二人は楽しそうにしている。なんだかんだあの二人だって仲がいい。レイの外向きのテンションはマユと相性が良いのかもしれないなと思う。かといってマユに仲がいいねなんて言うと絶対嫌だって首を振るのは目に見えている。
「熱くねえのかな、あいつ」
「カガチくんとシキちゃんはあんまり顔にでないね」
「まあ、騒ぐ元気はねえけど暑いって言っても涼しくならねえから」
クールで似た者同士だなあ、とこちらもおかしくなる。ものすごく正反対の二人が二人ずついて温度差がこんなにもあるのに仲良くできるんだから人間って面白い。
私は、どっちだろう。どっちでもないかもしれない。ここは本当はマユに嫉妬する場面なんだろうか、あんまり考えすぎると外気と相まって熱暴走しそうでそれはそれで困るものがある。
「キヨハ?暑い?」
「ううん、平気だよ。あ、シキちゃんとカガチくんに塩ラムネあげる」
「あ、嬉しい、ありがとう」
「塩ラムネとかあるんだな、俺アメしか知らなかった」
「アメだと溶けちゃいそうな気がしたから」
口にラムネを放り込む。甘いのとしょっぱいのが交互に波になって喉の奥に落ちていく。
何度も言うけれど当然私は塩分なんていらないし吸収しない。けれどこうやってみんなと時間を共有する度に思うのは、それが体に必要かどうかよりも同じものを食べて同じ時間や会話を共有するほうがはるかに価値があると思う。だから私の胃とか食道が機械なのはもう考えるのをやめようとも思う。
「えーん、キヨーマユにたたかれた」
「半分くらいは自業自得じゃないの?」
「俺彼氏なのに!」
えーんえーんと泣きまねをしながらレイは私の後ろに隠れるように引っ付いてくる。今日はレイの体温のが少し低いみたいだ。
「あー!キヨハのこと盾にしたなー!」
「なんのことだか」
あっかんべーのポーズをしてマユはシキちゃんの後ろにすすすっと隠れる。カガチくんが無表情で写真を連写していた。
「キヨハはどんな水着買ったの?」
「聞き方がいやらしい」
「俺って本当に彼氏だよね?」
まだプールには着いてない。バス停の待ち時間でこんなにテンション高くて大丈夫なのかと心配になった。