救われない未来よりも、そうあってほしいことを考えていないとなにもかもがマイナスじゃしかたない。前に進むしかない、私の中で燻ぶっている彼女を完全にだたのベースにするためにも。

 『そうえいば、プール行くの十五日はどうかな、天気予報だとめーっちゃ暑い日らしいからいいよね』

 「そうだね、そうしようか」

 『その前に一緒に水着買いに行こうよ』

 「いきたい! 私水着持ってないの」

 『キヨハってどんな家で生きてきたんだ?』

 「ちょっと特殊な家かな」

 普通のことを普通にしていいのよ。いつだかマリアがそう言っていた。なんて難しいことを言うんだろうと思っていたけどきっとマリアのいう普通のことっていうのは今みたいなことを言うんだろう。
 このまま順調にいけば高校卒業までに私はきちんと成果を出せるはずだ。それがどうなるか、いいのか悪いのかはみんなが決めることで私はそんなこと気にしていられない。

 『えーいつがいい?いつにする?』

 「六日と七日は?」

 『七日のが都合がいい』

 『じゃあ七日にしようか』

 「オッケー、またメッセージとばしとく」

 『うん、おやすみー』

 通話を切ってベッドに身を投げる。もうこの体になってから八カ月が経とうとしていた。研究速度は上々だというけれどそれはあくまでも中身が空っぽだったからだ。投入実験が始まったからにはもうそんなにとんとんとはいかないだろう。

 好きな人が自分を好きになってくれるのは難しいことだと思う。だって実際、アキトさんとアカリは結婚にはこぎつけたもののアカリがそのあとで選んだのはジュンイチだった。不貞とか倫理とかはさておいて、形のないものを留めておくのが一番難しいんだなと思う。

 心とか記憶とか、だってアカリがジュンイチと初めて会った日以外にもアカリは真新しい経験をしてる日が確実に存在するのに三十になった彼女の中にはそんな感動はあまり残っていなかった。歳をとるっていうのは、思い出せなくなるってことだ。

 SNSを開くと同級生たちの夏休みが垣間見える。私はあまり投稿したりしないけれど、マユとシキちゃんとケーキを食べた日や今日の昼間に撮った動画をアップしてみた。もちろんマユやレイ、私の顔は写っていない。

 いつか私が壊れたり、初期化したりしたときにこのアカウントはどうなるんだろう。アカウントどころかサービスが終了してしまったりするのかもしれないけれど私が「生きていた」記録くらいにはなるのかな。

 カメラロールの中の、金魚すくいに真剣なレイを見て愛しさがこみあげる。ジュンイチの時とは違う、これはきちんと私の気持ちなんだ。

 「キヨハ、まだ起きてる?」

 「エレーヌ」

 「もう寝る?よかったらお茶しない?」

 帰ってきて真っ先にエレーヌだけには報告した。ジュンイチにいつまで隠し通せるかはわからないけれど、エレーヌにだけは絶対知っていて欲しかった。
 カーディガンを羽織って廊下に出る。いつもの白衣じゃなく、ゆったりとした部屋着のエレーヌはどことなく幼く見えた。