「俺には、兄さんがいて、何でもできる人で、尊敬してるんだけど父さんとは仲が悪くて家を出ていったんだ」
「うん」
「何でもできてなんでも持ってて、心底羨ましくて、けど兄さんと同じようにふるまうためには俺は兄さんの何十倍も積み重ねないといけない、俺は天才じゃないから…キヨハといるのは楽しいけど、俺は自分のためにきみと居ることを選ぶかもしれない。それって酷くない?幸せになれないかもしれないよ」
「私の為にレイが我慢することない。一緒にいるだけなのにそんなに難しいこと?」
ジュンイチとアカリじゃるまいし、という言葉を飲み込む。レイにとって、私にとって難しいことは山ほどあるだろうけれどそれはああくまで私たちの中の話であって、あの二人みたいに何かを隠したりしないといけないこともない。だったら、一人にならないでほしい。
「私、レイと一緒に居たいだけ」
「…ずるいなあー」
はあーっと深いため息をつくとレイは笑った。
「俺でいいの?」
「レイがいいんだよ」
「俺のこと嫌いになるかもしれないよ」
「お互い様だよ」
「…そっかあ」
難しいことを考えるのはもうやめよう。私はタカシロ キヨハで、世界最高のアンドロイドで、私は人間の男の子に恋をすることができるのだ。そうして私が好きになったこの男の子はタカシロ レイといって、単なるクラスメイトで後ろの席で、成績が優秀なだけの子だ。私たちに難しい条件や壁なんて何一つない。
そうだ、ここまで割り切ってしまっていい。ジュンイチとアカリより、エレーヌとショーンより、レイと私の立場のほうがきっと何もかも簡単じゃないか。
「ねえ、レイ、私のこと好き?」
「うん、大好きだ。キヨハは?」
「私も、大好きだよ」
私の体は、小難しい確率や計算式でできている。型にはまった機械の一つ。それなのに世界はこんなにも単純な気持ちだけで動いているんだろう。足元に伸びていた長い影はいつの間にか夜に溶けていて私たちの距離なんてわからなくなる。
「あーあ、帰りたくないなあ」
「またそんなこと言って」
「今幸せなんだよ、俺」
目の前で幸せそうに笑っているこの男の子がなにを抱えているかなんて一旦置いておこう。大切にしなきゃいけないのはそんなことじゃない。
「もう暗いね、改札まで行こうか」
「うん、次はどこ行こうか」
「涼しいとこがいいな」
景品の入った袋と、スーパーボールで濡れたビニールの巾着と、セルロイドのお面、綿あめの袋と、水風船。一つ一つが今日一日の時間を詰め込んだ宝物みたいに見える。
ベンチから立ち上がり、一歩目の前のレイに歩み寄ると空いていた右手を差し出される。昼間みたい人が多いからとかそんなんじゃなくて、私たちは手をつないで隣を歩いていいんだと、誰にでもなく認めてもらえたような気がした。