アカリ、アカリもこんな気持ちでジュンイチのこと好きだったの?
今ほど彼女と会話ができたらいいのにと思ったこともない。アカリがただの知り合いのお姉さんだったら、あるいはただただジュンイチの恋人だったら、そして私が彼女と交流のある立場だったら、なんて彼女が生きていたらそもそも私はアカリの追体験なんてしなかったくせに。
あれだけデータ移行を嫌がっていた過去の私はどこに行ったんだろう。まだ身体を貰ってから、高校生のタカシロ キヨハになってから一年も経ってないのに。
私の成長速度は人間よりはネズミとか犬と同じだ。一日で何歳も年をとるような、体は一切老けないくせに。
「あ、かき氷ある。練乳掛け放題だって」
「いちごがいい! いちごみるくにする」
「わかったわかった」
知ってよかったのかな、そりゃあ研究成果としてはよかったのかもしれない。恋愛するアンドロイドなんてその手のマニアとか浮気防止とかそういう生臭い部分には大いに需要があることだろう。
都合が悪くなったらデータなんて消してしまえばいい。私が、人間らしさってものを一つずつ得る度にデータのなにもかもがいつか消耗品扱いになるのが目に見える。
レイのことが好きなだけで終わらせたかったな、そんなに賢い頭は欲しくなかった。いっぺんにいろいろ考えすぎかもしれない、今日はデートなんだって頭を空っぽにしたほうがいいのはわかっているつもりなのにうまくいかない。顔に出ていないかな。気にしていたら楽しめないのだってきちんとわかっているのに。
「はいどうぞー、練乳はそこのボトルから使ってねー」
「はーい、わ、すごい、こぼしそう」
「持ってようか?」
「ううん、大丈夫、ありがとう」
手が触れるだけでいろんなものが溢れ出しそうになる。レイも私のこと好きになってくれればいいのになあって何度も何度も頭の中で思い描いては消えていって、目の前の彼が酷く遠いような気さえして。
ジュンイチ相手だったら何も考えないで好きだ好きだってぶつけて良かったんだろうけれどレイには、どうやってなげたらいいんだろう。そもそも好きだって投げつけて困ったりしないかな、だってきっとレイが私と一緒にいるのは好きだからとかじゃなくて私がレイとジュンイチの関係を知らないで何も踏み込まない、少し仲がいい程度のクラスメイトだからだ。
あれ、そもそもレイはジュンイチと私のことなんて知らないよね。足を止めるとレイが振り向く。首突っ込まないから、っていうのはあくまで私の主観であってレイは私のことなんて何も知らない。じゃああなんで、私と仲良くしてるのはどうして。
「キヨハ、どうしたん」
「レイはなんで今日誘ってくれたの」
「なんでって、なんで?」
「レイほかにも声かけられてたでしょ」
「男ばっかりね、女の子との約束なんかないよ」
これが嘘だって私は知っている。モテる、というのとはまた違うのかもしれないけれど女友達だっているしその子たちからも遊びの誘いはかけられていた。廊下で、別のクラスの子たちが、男女混合で遊びに行こうって、それをレイはいいねーなんて適当な相槌で話していたって見ているのに。
「だって廊下で」
「いいかもねとは言ったけど俺は行くなんて話はしてないよ」
ものすごい屁理屈だと思う。これでレイにいつにするのって連絡して行くなんて言ってないけどって返された女の子たちどんな心境なんだろう。あまり考えたくはないけどレイに好意を寄せてた子だっていただろうに、酷なことをするものだ。
「話戻すね、なんで私には声かけてくれたの」
「遊ぼうねって言ったのキヨハじゃん、俺うんって返事したし」
「それだけじゃ理由にならないよ、私たちただの同級生なんだから」
誘いをかけたのはその子たちだって同じで、同級生という立場だって変わらない。それを受け取ったかどうかの違いの話をしているのになにやらはぐらかされているような気がする。
「俺がキヨハに会いたかったから、それじゃだめ?」
嘘は、ついていなさそうだった。駄目なんてことはないけれど、私はただ本当にどうして私だったのか知りたいだけなのに教えてくれる気はないんだろうか。たまたま?そんなはずない。なにかもっと、理由があるはずだ。だって私のために出向かなくたって全員で遊ぶ約束自体はあるのだから。
「私はレイのことが知りたいんだよ」
「どっちにしてもこんな人込みじゃ恥ずかしいかな」
雑踏の真ん中いたって、周りは私たちのことなんて見たりしないのにずるい返し方だと思う。照り返しがきついのか遠くのほうが陽炎でゆらゆらと揺れている。
「ここじゃなきゃいいのね」
「あともう少し暗いほうがいいかな」
「わかった」
一旦この話は置いておいて、お祭りを堪能しなくてはもったいない。アカリの地元は神奈川のほうだからここで過ごした記憶はないし、なによりレイと学外で初めて、しかも二人で過ごすのだからもう少しいつもは出来ないことをやってみたっていいはずだ。そうやって私は人間になる、そんな風に設定されている。
「ほら、溶けてる、早く食べないから」
「あらら、大丈夫、さくさくするから」
「もう練乳かき氷じゃなくていちごミルクのかちわりじゃんそれ」
人波を縫うようにあてもなく歩く。雑踏の音、子供の声、お囃子の音、屋台のエンジン音。人はきっとこういうところで夏のにおいとか色とかを感じているんだろう。私にそれが見えるだろうか。
「最近カメすくい見なくなったな」
「え、金魚じゃなくて?」
「カメだよ、こんな小さいの、見たことない?」
「知らないなあ」
「まじか、あれ難しいんだよなあ」
傍から見たら、私は人間で、きっとレイとは恋人同士に見えることだろう。誰かに見つかって困るような立場でもなく、ただの高校生に見えて通りすがる誰の記憶に残るわけでもなく。