タカシロ ジュンイチは何をさせてもそつなくこなす子供だった。神童というほど極端に秀でたことはなかったができないこともあまりなく生きてきた。代わりに彼の主観で言えば家族には恵まれていなかった。

 そう聞いてるわ、とマリアは言った。

 「みんなはみんなの事情をどこまで知ってるの?」

 「ほかは別に、普通の企業と同じレベルだと思うけど。ジュンが特殊なんだよ」

 「どうして?」

 「ジュンが家と絶縁したがってたからさ」

 聞けばこうだ。そもそも院に進学した時点で家とほとんど連絡を取ってなかったことと、就職先が企業じゃなく研究所っていうのでいろいろ審査のようなものがあってルイさんはそのときに始めてジュンイチの事情を知ったらしい。共有事項としてある程度はみんな知っていて、そのときにバックグラウンドの話もある程度していると。

 「俺たちは日本にいるけど、別に家庭に問題抱えてるわけじゃないからねぇ。日本人だって海外で仕事するだろ」

 「普通はそこまでしないのよ。なんでジュンイチだけそんなに配慮されてるかっていうとジュンイチが携わってたのがキヨだからなの」

 「私?」

 「現状、キヨハの中身を全部いじれるのがジュンイチだけだ、俺たちは付け足すのは出来るけど解体して修理してっていうのが必要になったらジュンイチがいないとできないんだ」

 知らなかった。メンテナンスだって機能つけるのだっていつもジュンイチがいたわけじゃない。研究員としてノウハウがあれば私のことなんてみんなが直せるんだと思っていたけど、とそこで止まる。

 そうだ、アカリの最後の記憶をエミュレートしろってジュンイチを脅したときジュンイチは「維持ができなくなる」って言っていた。権利問題やデータの所有権や帰属先の問題だと思っていたけどあれは物理的な私の開発問題のことを言っていたのか。

 「どうして、だって知識があればみんなだってジュンイチと同じことできるでしょ」

 「確かに同じ臓器を作るのも、同じスペックのCPUを埋め込むのもできると思うですけど、キヨ、心や感情っていうのは…理屈では作れないよ、ですから」

 「こころ…」

 スピカが自分の胸をとんとんと叩いて言う。感情に関してはまだ未発達な部分も目立つけれど、自我が心になったなっていうの以前ショーンにも言われたことだ。その所在は私にもわからない。

 痛くなるのは胸だけど、ここにあるのは心臓だけで、だったら思考をしている脳に所属するのか、でも私の脳すら機械なのにって堂々巡りをさせるそれ。人間だって、同じじゃないのか、そんなの。

 「今回の研究でなにがそんなに評価されてるかっていうと、記憶のデータ化とかエミュレーション以上に心とか感性とか感情とかSF映画で語られてきたそれが実現している、ってとこがポイントなんだよ。ジュン以外が同じ理屈でやっても失敗したからこの世にG9以前の型は存在しないんだよ」

 「元々研究室ではAI研究に際してG1-000から作ってたと聞いたわ。そのころからルイさんは大学に出入りしてたけど結局スパコンレベルのAI以上のものは生まれてこなかったのよ」

 ジュンが研究室に入ってくる前からわたしを作る実験はされてたわけか。アキトさんはジュンイチより長く研究室にいたはずだからジュンイチが作ったものに、アカリを入れるって、そんなにジュンイチを買うことなかったのに。

 「ジュンイチがキヨハに執着する理由はベースだけじゃないと思うのよ。きっとそれ以上にキヨハ自身に思うところがあるんだわ」

 エレーヌは横目でショーンを見てから私に目線を映す。一瞬だったけれど、エレーヌはジュンイチが何考えてるのかわかっているのかもしれない。好きで好きで好きで、だけど自分はどうしても愛されないって思っていて、依存するために相手が必要で、それを形にしたものが私で、ベースにアカリがいて。

 複雑だし面倒くさい。そんな遠回りしないといけないジュンイチの背景が悲しい。何を目指してどこにいるんだろう。私はジュンイチに生かされているのにジュンイチを拒否してしまった。レイが引き金になったんだとしたら、私は中身を書き換えてでもジュンイチのこと愛してあげないといけないんじゃないのだろうか。

 じゃあレイは? レイのこと好きなんじゃないのかってマユに聞かれたとき、私はどう思っていたんだっけ。
 タカシロ ジュンイチの弟としてじゃなく、ただのクラスメイトのタカシロ レイを、私は――――。

 「私、これからどうしたらいいの?」

 私の問いかけに四人は困ったように顔を見合わせていた。