◆
「ジュンイチの所在が分かった」
「は?」
今日もどうせホテルだろう。そんな予想は裏切られ、十一時過ぎに珍しく父さんが帰ってきたので形だけでもと出迎えると居間に呼ばれたので大人しく従う。神妙な顔をして何事かと思えば口から零れ落ちたのは兄さんの話だった。
兄さんが大学院を卒業してもう半年、意外と早かったなと冷静になる。
父さんが兄さん贔屓なのは今に始まったことじゃない。
「で、兄さんはどこにいたの」
「八王子に次世代技術研究のための施設があってそこに研究員として勤めているらしい」
研究員。なんとも兄さんらしい進路だなと思う。あまり兄弟らしくはなかったけれど、自分はいつも兄の後姿を眺めていてあの人は物作りとか理詰めだとかそういうことを昔から好んでいた気がする。兄さん本人がロボットなんじゃないのかってくらい、完璧だった。少なくとも自分にはそう見えた。
「どうするの、まさか押しかけたりしないよね」
「私も立場がある、一応お前にも伝えておこうと思っただけだ」
「どこにあるの、その研究所」
「詳しい場所までは把握してないが地図で言うと、このあたりだな」
画面に八王子の地図を表示させると赤いピンが立っている場所を指で示す。八王子。来週にでも行こうとしているところに兄さんがいるなんて俺はどんな顔をすれば正解なんだろう。
高尾山の近く。そういえば彼女も最初のころに、最寄り駅は高尾のほうだって言っていた気がする。八王子で、最寄も近くて、同じ苗字で。すごい偶然だな、いいんだか悪いんだかはわからないけれど。正直、兄さんの所在が分かっていたって兄さんはうちには帰ってこないし、父さんだって連れ戻しに行くわけじゃない。
今更なんだよって言われそうだ。兄さんはきっと自分がどう思われてたとかわかってないだろうから、いいよな、なんでも出来て、これだけ優秀なら何の心配もないなって思われてて、それなのに一番に気にかけられてて。俺がどんなに欲しくても手に入らないもの全部持ってるくせに。
自分に余裕はないって思っているから今までだって遊びの付き合いは支障が出ない程度に最小限にしてきた。勉強を理由にバレンタインとかクリスマスは避けてきて、それでなんとか父さんに認められるレベルだったのに。絶対帰ってこない兄さんの部屋を母さんはいつも綺麗にしていた。今もまだササガワさんがそれをやっている。目の前にいる俺よりも、いつだって兄さんは求められてるのに。
キヨハに会いたい。
彼女と居れば、全部許されたような気になれる。
「わかった、ありがとう父さん」
「休み中はどうするんだ」
「どうって、特に何も。たまには出かける日もあるけどあとは家と図書館の往復だと思うよ」
「そうか、羽目を外さないようにな」
「うん」
さっきまで耳元で笑っていた声が、俺の名前だけ呼んでくれればいいのに。そうしてなにもかもを投げ出してしまえばいいって思えればいいのに。自分の世界は酷く狭くて出口もなくて、俺はその口実に彼女を使おうとする臆病者だ。
「レイ。ササガワさんから聞いたが」
「なに、期末の成績ならちゃんと」
「クラスの女子生徒と仲がいいそうだな」
「うん、転校してきた子だから優しくしてあげないとね」
「そうか、まあ適切な距離感で付き合いなさい。あまり遅くまで通話なんてしていたら相手方にもご迷惑になる」
転校してきた子だからなんて大嘘だ。さもいい人ぶってますってそんなわけない。キヨハと一緒に居ようとしてるのは俺の意志で、キヨハに選ばれたいと思っている。我ながら単純だと思う、彼女が何も知らないのをいいことに、受け入れてくれるだろうって勝手な妄想をして押し付けようとしてる。
「心配するようなことなんてなにもないよ、俺は兄さんとは違うから」
兄さんが在学中に既婚女性と関係を持っていたらしいのはぼんやりと聞いた。濁されながらだったから詳細は知らないけれど父さんは兄さんの結婚相手なんかの候補も上げていたようだからその辺を心配しているんだろう。
兄さんのことも、政治家としての体裁も。俺はいつだってそこに関係ない。社会に出てもタカシロ マサチカの次男としか見られない俺は平凡な面白みのない人間性で当たり障りなく過ごしていればいい。兄さんの代わりにはなれない。
兄さんが父さんに反発してまでやりたかったことって、既婚だってわかっていても愛してた人ってなんなんだろう。俺は実兄のことなんてほとんど知らないのかもしれない。
「ジュンイチの所在が分かった」
「は?」
今日もどうせホテルだろう。そんな予想は裏切られ、十一時過ぎに珍しく父さんが帰ってきたので形だけでもと出迎えると居間に呼ばれたので大人しく従う。神妙な顔をして何事かと思えば口から零れ落ちたのは兄さんの話だった。
兄さんが大学院を卒業してもう半年、意外と早かったなと冷静になる。
父さんが兄さん贔屓なのは今に始まったことじゃない。
「で、兄さんはどこにいたの」
「八王子に次世代技術研究のための施設があってそこに研究員として勤めているらしい」
研究員。なんとも兄さんらしい進路だなと思う。あまり兄弟らしくはなかったけれど、自分はいつも兄の後姿を眺めていてあの人は物作りとか理詰めだとかそういうことを昔から好んでいた気がする。兄さん本人がロボットなんじゃないのかってくらい、完璧だった。少なくとも自分にはそう見えた。
「どうするの、まさか押しかけたりしないよね」
「私も立場がある、一応お前にも伝えておこうと思っただけだ」
「どこにあるの、その研究所」
「詳しい場所までは把握してないが地図で言うと、このあたりだな」
画面に八王子の地図を表示させると赤いピンが立っている場所を指で示す。八王子。来週にでも行こうとしているところに兄さんがいるなんて俺はどんな顔をすれば正解なんだろう。
高尾山の近く。そういえば彼女も最初のころに、最寄り駅は高尾のほうだって言っていた気がする。八王子で、最寄も近くて、同じ苗字で。すごい偶然だな、いいんだか悪いんだかはわからないけれど。正直、兄さんの所在が分かっていたって兄さんはうちには帰ってこないし、父さんだって連れ戻しに行くわけじゃない。
今更なんだよって言われそうだ。兄さんはきっと自分がどう思われてたとかわかってないだろうから、いいよな、なんでも出来て、これだけ優秀なら何の心配もないなって思われてて、それなのに一番に気にかけられてて。俺がどんなに欲しくても手に入らないもの全部持ってるくせに。
自分に余裕はないって思っているから今までだって遊びの付き合いは支障が出ない程度に最小限にしてきた。勉強を理由にバレンタインとかクリスマスは避けてきて、それでなんとか父さんに認められるレベルだったのに。絶対帰ってこない兄さんの部屋を母さんはいつも綺麗にしていた。今もまだササガワさんがそれをやっている。目の前にいる俺よりも、いつだって兄さんは求められてるのに。
キヨハに会いたい。
彼女と居れば、全部許されたような気になれる。
「わかった、ありがとう父さん」
「休み中はどうするんだ」
「どうって、特に何も。たまには出かける日もあるけどあとは家と図書館の往復だと思うよ」
「そうか、羽目を外さないようにな」
「うん」
さっきまで耳元で笑っていた声が、俺の名前だけ呼んでくれればいいのに。そうしてなにもかもを投げ出してしまえばいいって思えればいいのに。自分の世界は酷く狭くて出口もなくて、俺はその口実に彼女を使おうとする臆病者だ。
「レイ。ササガワさんから聞いたが」
「なに、期末の成績ならちゃんと」
「クラスの女子生徒と仲がいいそうだな」
「うん、転校してきた子だから優しくしてあげないとね」
「そうか、まあ適切な距離感で付き合いなさい。あまり遅くまで通話なんてしていたら相手方にもご迷惑になる」
転校してきた子だからなんて大嘘だ。さもいい人ぶってますってそんなわけない。キヨハと一緒に居ようとしてるのは俺の意志で、キヨハに選ばれたいと思っている。我ながら単純だと思う、彼女が何も知らないのをいいことに、受け入れてくれるだろうって勝手な妄想をして押し付けようとしてる。
「心配するようなことなんてなにもないよ、俺は兄さんとは違うから」
兄さんが在学中に既婚女性と関係を持っていたらしいのはぼんやりと聞いた。濁されながらだったから詳細は知らないけれど父さんは兄さんの結婚相手なんかの候補も上げていたようだからその辺を心配しているんだろう。
兄さんのことも、政治家としての体裁も。俺はいつだってそこに関係ない。社会に出てもタカシロ マサチカの次男としか見られない俺は平凡な面白みのない人間性で当たり障りなく過ごしていればいい。兄さんの代わりにはなれない。
兄さんが父さんに反発してまでやりたかったことって、既婚だってわかっていても愛してた人ってなんなんだろう。俺は実兄のことなんてほとんど知らないのかもしれない。