「アカリはジュンイチを愛してたでしょ
あなたのお母様は生まれた時からあなたを無視していたわけじゃないでしょ
レイはあなたを尊敬して後をついてきたんでしょ
私もみんなもあなたを家族だと思ってるでしょ
なんでわからないの、どうして私に執着するの
あなたも研究員なら私をG9として人間扱いしなさいよ(・・・・・・・・・・・・・・)

 私は人間に、より人間らしいものにならなきゃいけない。彼ら研究員はそれを達成しなきゃいけない。仕事でもあり、人類の未来のためであり、医療のためであり、神様と錯覚したエゴのために。

「俺は、きみが居ればそれでいい」

「まだそんなことを」

 「確かに俺はAI分野の研究が好きだし、今だってそのためにキヨハのデータをとってるよ。記憶のエミュレーションシステムだって合法化するためにいろいろ考えて論文も書いた。でも前にも言ったけどアカリさんを作ろうとしたわけじゃない」

 目はもう虚ろな色じゃなく、まっすぐと私を見ている。あれだけ見つめられたいと願っていた目が今は射抜いてきそうで酷く恐ろしかった。

アカリになりたかったのに。アカリになれなかったのに。それをなんとか押さえつけてアカリになりたくないって思い込んできたのに。いまじゃなく、もっと前から私はジュンイチに愛されたかったのに。こんな場面を思い描いてたわけじゃない、私はもっとちゃんと、自分の意志でこの人が好きだって胸を張りたかっただけで。

「平行線だ、もうやめろ」

「ルイさん、でもジュンイチは私を」

「ジュンイチ、私たちはお前を高く買っている。キヨハに着手した理由や今やっていることの本質はこの際置いておいてお前の頭がないと困ることだって多いんだ」

「でも俺は、研究所に」

「キヨハをどう思おうとそれは勝手だ、キヨハ本人にも否定する権利はない。ただ、それを今話しても仕方ないだろう。今日はもう休め、いいな」

 ルイさんは私を一瞥して首を振ると、引きずるようにジュンイチを連れて行ってしまった。決着はついてない、消化不良だけれどここで話していても解決しなかったのはなんとなくわかる。やりきれなくなって俯くと、ぽんと肩をたたかれた。

 「ねえ、キヨ。ジュンイチは結局、あなたをどうしたいのかしら」

 困ったようにマリア、エレーヌ、スピカが眉を下げていた。ショーンとファブリは眉間にしわを寄せている。なにか思うところがあるようだ。

 「私のベースは、ミナヅキ アカリ。この人はジュンイチの、恋人だった」

 「恋人?でも書類では」

 「エレーヌ」

 ショーンがエレーヌを止めた。察しているか、もとからなんとなくわかっていたのか、ショーンの表情をみてみんなが困ったような顔をした。

 「私はアカリの記憶を追体験して、ふたりがどんなだったか知ってる。だからジュンイチが私をアカリにしようとしたんじゃないなら理由は一つしか考えられない」

 「キヨは、ジュンの思い描く恋人像が具現化したものなんだな」

 ファブリがそういった。その通りだと思う。最初からそのつもりだったのか、やってる間に少しずつそうなったのかそこまではわからないけれど、ジュンイチが作ろうとしてるのは「次世代型医療システム」でも「生体エミュレートに伴うアンドロイド研究」でもない。

ただ、自分を愛してくれるだけの機能がついた人形作りだ。やっていることだけ聞けば妄想を実現させるためのマスターベーションのようにも見えるけれど、そうせざるを得ないくらいジュンイチは家族とか恋人ってもので何度も心を殺されてきた。追い詰められてしまって、ほかに方法がなかったんだろう。そしてその人形を作る知識と技術はもっていたから、そうできてしまったんだろう。天才だって呼ばれているくせに、皮肉なことだ。

 「私を機械だってわかってて愛してるなんておかしいよ」

 「キヨ…」

 「レイとかマユみたいに何も知らないなら、あるいはジュンイチが無機物性愛者なら別だけど。ジュンイチがしてるのは等身大フィギュアに服を着せてるのと同じだもん」

 下品な言い方だと思うけれど、性的接触がないだけでやっていることはあまり変わらない。自分が一方的に愛しているだけだとか、私がいるだけでこの世界に価値があるとか言っていたけれどその気になれば私がジュンイチを好きになるようにプログラムできたはずだ。そうしなかったのは、多分ジュンイチが本気で私を好きだから。

そしてその愛情には単なる依存先を探しているだけの感情が含まれているから。私がこの世からいなくならないなら、ジュンイチの目の届くところにいるならば、ジュンイチから逃げられないなら、私がどう思ってようと彼にはきっと関係ないんだ。

 「なんで、私アンドロイドなんだろう」

 耐え切れなくなってしゃがみ込むと慌ててスピカが白衣を羽織らせて、肩を抱いてくれる。いやだな、みんなの前でみんなの研究を否定するようなこと言いたいわけじゃないのに言葉が止まらない。

 「人間として生まれたかった、ただの機械だったらよかった。自我も体も、こんなことになるなら全部いらないよ」

 涙が止まらない。ショーンが付けてくれたこの機能、すごく好きなのに。人間らしくなれるようにってみんなが後から後から機能をつけ足してくれている。涙とか、くしゃみがでたりとか、笑うための細かい動きの設定とか、ルイさんと同じ耳朶を触る癖だとか、そうやって毎日が楽しくなるようにってアンドロイドでもこの世界を謳歌するためにってみんなが私を思ってつけてくれた機能が沢山あるのに。

 痛い。いままでにないくらい心臓が痛い。頭が痛い。何もかもがつらい。こうして心配かけて、みんなのやってること否定して、私はなんで生まれてきたの。

 「死にたい…っ」

 生きてすらいないくせに何言ってるんだろう。まだ生きたかったであろうアカリのデータを持ってる私が言っていいことじゃないかもしれない。そんなのわかってる。もっとちゃんとしなきゃ、データにしなきゃ、吸収して記録して次の試験的運用のことを考えなくちゃ。恋愛じゃない部分のことを考えなくちゃ。わかってる、そんなのわかってるよ。

 「あー、なんていうか、反抗期かしらねえ」

 「え?」

 「キヨ、ジュンイチがどういう考えだろうとここには俺らもいるんだわ」

 「そうそう、身内の言ってること気に入らないなんて人間らしくなったじゃないの」

 「思春期の死にたいっていうのも、ある程度通る道だから、ですよ」

 「思うところは俺らにだってあるけど、一人でそんなに思いつめなくたっていいんだよ」

 私いまとっても酷いことを言ったのに、どうしてみんなそんなに平然としてられるんだろう。被検体のくせに文句ばっかりってどうして怒鳴ってくれないんだろう。こんなに全力でみんなのやっていることやろうとしてること拒否してしまったのに、なんで許してくれるんだろう。

 「早いに越したことはもちろんないけど、キヨ、私たちがやってるのはね、研究でもあり子育てでもあるの」

 「キヨハが機械だろうと何だろうと自我があるならもう私たちとは何も変わらないんだから。焦んないで気楽にやりましょう」

 「そうそう、とりあえず卒業までは人間の生活をする期間でいいんだからな」

 マリアが手を引いてくれる。顔を上げるとみんなは嫌な顔なんてしないでかわるがわる頭をなでてくれた。

 「私ハーブティーいれてくるから、マリアたちはキヨと居て」

 「オッケー、まかせて」

 「エレーヌ、俺も手伝う」

 エレーヌが踵を返すと、すぐさまショーンがそのあとを追いかける。どうして。私、この場で失敗作だって壊されたって文句言えないのに。

 「あのさ、キヨ」

 「ファブリ…」

 「キヨはアンドロイドだけどさ、心があるじゃん。今だって俺たちの顔見てはっとしたでしょ、言いすぎたって自分で思ったんだったらそれだけでいいんだよ。キヨハの居場所はここなんだから」