「全体の予定はマユがグループ作ってくれたからそっちに流してくれるって」

 『あいつ宿題大丈夫なのかなあ』

 「それいうと怒られると思うよ」

 『たしかに』

 端末越しに、同じ世界の同じ時間に好きな人がいるって奇跡なんだなと思う。確率と理論値で構成された私の身体(いれもの)は、偶発的な外的要因にさらされて過ごしている。それこそ天文学的な数字ってやつをどこに当てはめてもいいくらいには日々イベント尽くしな気がする。

 いいなあ、私も最初からちゃんと生身の人間だったらよかったのに。

 何度目かわからないないものねだりをする。人間として生きて、好きな人と同じように歳をとれたほうが絶対に幸せなのに。アンドロイドに未来を託して半永久的に生きるなんてバカみたいだ。パーツがある限り、技師がいる限り、私は壊れることも死ぬこともない。そんな永い時間をひとりで生きろって、酷く残酷なことを言う。

 「わたしも宿題わかんなかったら連絡するかも」

 『嘘つけよ、絶対平気なくせに』

 「わかんないよ?あるかもしれないでしょ」

 『はいはい、わかったよ。まあなんもなくても連絡くれたほうが俺は』

 「はいはいはーい、じゃああやすみー」

 『さすがに酷くねえ?』

 「ごめんってば、明日も起きたらメッセとばすから」

 『わかった、おやすみ。暑いからって腹冷やすなよ』

 「しないよぉーだ」

 笑いながら通話を切ると途端に静かなのが気になるから不思議だ。耳鳴りまでは起きなくてもついさっきまでレイと話していたのに一人になったって思うから余計に寂しく思うのかもしれない。

 研究所は広い。そんな東京ドームいくつの、なんて大きさではないにせよ、五階建ての建物の最上階に全員分の部屋があって、でも研究員は七人しかいなくて、夜中までパソコンとにらめっこなんてのもしょっちゅうで、市街地にあるわけでもないこの立地では東京都内っていったって雑音はあまり飛び込んでこない。

 音楽でもかけようかと時計を見るとまだ八時。宿題に少し手を付けようか悩んでいたら大きな足音が聞こえた。言い争うような声も。三、いや四人いる。

 「だれ?」

 「キヨハ!」

 「キヨ! 出てこないで! 部屋に戻って!」

 「落ち着けジュンイチ、キヨに当たり散らすんじゃない」

 「煩いっ キヨハ、キヨハもレイを選ぼうっていうわけ?結局父さんと母さんと同じじゃないか、なんでだよ俺のなのがそんなに気に入らないって」

 「キヨハ、部屋に戻って! 早く戻る、です!」

 私に向かってきて叫ぶような声でジュンイチはそういった。ジュンイチを押さえつけていたのはルイさんとマリアとスピカだった。

 「ジュンイチ、大きな声出さないで」

 「だったら説明してよ、レイといつそんなに仲良くなったの?俺にはなにもいわなかったじゃないか」

 「ジュンイチっ、学校生活はキヨハに一任したはずだ。所在がばれたわけでもないだろう。同級生と親しくすることのなにがそんなに不満なんだ」

 「そうよ、キヨだって被検体とはいえ研究員なんだから。あんたのわがままはもう通らないのよ、ジュンイチ」

 「キヨ、早く部屋に鍵をかけて、ですから。ショーンたちももう来るよ、ですし」

 「三人とも、ジュンイチのこと離していいよ」

 「しかしだな」

 「ルイさん」

 「…わかった」

 ルイさんが手を離すと渋々といったようにマリアとスピカも手を離す。両腕をだらりと重力に従わせ、虚ろな目で私を見た。ああ、アカリが別れを告げた日もこんな顔してたなって冷静になる。相手が激昂してるとこっちは冷めるというけれどなるほどな。

 後ろからショーンとファブリとエレーヌが血相を変えて走ってきた。こちらを見るとわけがわからなさそうに口をぱくぱくさせている。