「いつのまに仲良くなったん?」

 「仲良くって、そんなあれじゃないよ」

 「隠さなくっていいってぇ」

 ファミレスに着くやいなやマユはそう言って身を乗り出してきた。私とレイに特別なことなんて本当にないのになにがそんなに聞きたいんだろう。呆れたようにシキちゃんが手元のいちごサンデーをつつく。

 「マユ、キヨハが困ってるぞ」

 「ええっだってつきあってんのかと思うじゃん、あんなの」

 「付き合う?ないない」

 なにを言い出すかと思えばそんなはずはない。だって私は、あくまでエレーヌに言わせれば私はレイが好きなのかもしれないけれどレイが私のことを好きとかそんなのは的外れだ。彼にだって相手を選ぶ権利がある。

 たしかにジュンイチと外見は似ているから、特段華やかでパッとしたりはしないかもしれないけれど、勉強にあれだけ秀でていて学校ではひょうきんを気取っているレイは普段から根暗陰気こっち来ないでオーラをまとっているジュンイチとはだいぶ違う生き物だ。
 交友関係を詳しく知っているわけじゃないけれど私たちも含め女友達だって少ないわけじゃなさそうだと思ったし。

 「あのね、キヨハ。そりゃレイは友達は多いかもしんないけどあんなふうに困ってやめとくわなんて言うの多分みんなみたことないよ」

 「まあ、そうだな。いつもだったら俺モテて困っちゃうな―とか言いつつ予定があるからってかわしているだろうし」

 「うーん、唐突すぎただけだと思うけどなあ」

 「じゃあこの際レイは置いといてさ、キヨハはどうなの?」

 私は、どうなんだろう。エレーヌには好きなんじゃないのかって言われたけれどそれはあくまで彼女の目にそう映っているだけだ。自覚があるわけじゃない。好きか嫌いかの二択なら間違いなく好きなんだろうけどそれはきっと目の前の二人も同じでそれだけで恋愛感情かと断定はできない気もするし。

 アカリくらいジュンイチを好きだったってところまでいかないと好きだなんて言えないんじゃないかって思う。
 ロールモデルにあの二人を持ってくるのは間違いなのかもしれないけれど恋愛観は私がアンドロイドじゃなかったとしても人によってそれぞれ違うものだし、私には少女漫画に心を躍らせた幼少期なんて存在しない。だからなにをもって好きなのかとか、そういうのがそもそもよくわからないのだ。

「好きって、よくわかんなくて」

「いままでそういうのないの?」

「一回あったけど、憧れに近いものだったから」

 憧れというかアカリに引っ張られただけだ。自分の意志ですらない。

「じゃあさ、よくある質問なんだけど」

 そういうとマユは鞄からファッション誌を取り出す。パラパラとめくって真ん中らへんのページを開くと私に向けてしたり顔でこう言った。

 「こういうのってみんなそうってわけじゃないかもしれないけど、恋愛ビギナーのキヨハにはちょうどいいと思うんだよね」

 マユが指さしたところにはチェックボックスが十個ならんでいる。やってみ、と軽い調子で言われたので目を落とす。彼と話せると嬉しい? ほかの女の子と話していたらもやもやする? 可愛いって思われたい? 好きなものが同じだと嬉しい? …なるほど、たしかに大多数には当てはまりがちな質問だ。姑息な占いと近いものはあるかもしれない。

 「どうだった?何個あった?」

 「八個」

 一から三で仲の良いクラスメイト、四から七で友情以上恋愛感情未満、八個以上で恋をしているでしょう。そんなはずあるかと思ったりもするけれど、エレーヌに言われ、マユに言われ、シキちゃんにまで指摘されたら傍から見たら私はレイが好きなんだろう。
 第三者の目は主観より正直だと思う。そうか、この程度の距離間でも好きだと思っていいものなんだ。私の中でアカリが困ったように笑っている気がした。

 「いつからそうなったんだ?」

 「先週、レイが元気なさそうな気がしてマユに連絡先教えてもらったの。それから毎日なにかしらやり取りしてて」

「いいねいいねー少女漫画みたい」

「好きとかよくわからないの、本当に。ただ、なんで笑ってくれないんだろうって不安になっただけで」

 「うーん、うちらもゆーて三、四カ月しか付き合いないからなあ。家のこととかよく知らないし」

 「お兄さんがいるって話は聞いたことがあるな」

 「なんて言ってた?」

 「歳が十くらい離れてて、お兄さんはお父さんを嫌ってて数年前に縁が切れてるって。お父さんは自分のやり方が間違ってたのかもってそれを気に病んでるらしい。本当にそのくらいしか聞いてないけど」

 やっぱり、ジュンイチの主観とレイの主観ではこんなにも言っていることが噛み合わない。ジュンイチだって本当は愛されていたんだろうけれど、父親が不器用だからで済ますだけの余裕はなかったんだろう。
 進路を反対されたのも、そのあとアカリと付き合っていたのもジュンイチ自身が後ろめたいと思っていたからかもしれない。

 レイは、ジュンイチや自分のこれからをどう思っているんだろう。教室でのあの振る舞いは無理して作っているんだってなんとなくわかる。
 それはレイの処世術だろうから特に何も言うつもりはないし私だけが知っている優越感のためにも黙っておくけれどジュンイチだってあれでかなり優秀な成績で学生生活を修めてきているから自分とジュンイチの成績を比較してみることだってあっただろう。レイの主席という肩書は、ジュンイチと同じ才能だけで片付かないきちんとした努力の上に成り立っているものかもしれない。