「お、わ、った、ああああぁぁぁ」

 「もうマユってば」

 「期末の成績如何では補習があるから無理もない」

 「進学クラスなのに?」

 「赤点はなくても目標点に足りなかったらそういうのもある」

 マユは燃え尽きたーといいながらうんうんうなっている。シキちゃんあいかわらず涼し気で、なんてことなさそうだった。カガチくんは今日も何を考えているかよくわからないけど教科書の範囲だったページを確認しているから気になるところがあったのかもしれない。

 レイはというと、相変わらず後ろでいつものメンツで俺全然できなかったわー嘘つけ―と騒いでいる。騒がしいなあと思いつつマユとシキちゃんを見ていると二人も迷惑そうな顔をしていた。声のね、ボリュームやっぱり少し大きめだよね。

 「こらあ!うるさいぞー響くじゃんっ!」

 「だってこいつが涼しい顔してんの腹立つんだもん!」

 「すごいわかるけど!」

 「ねえ、シキちゃんどうしてレイだけ袋叩きなの?」

 「レイ、入学主席なんだよ。前回の中間考査もぶっちぎりで一位だったんだ」

 なるほど、そんな人ができなかったわーなんて言ってたらそりゃあ腹立たしいだろう。いいぞいいぞ、もっとやれ。なんて。振り向くとレイはいたずらっぽく笑っていた。「惚れちゃった?」…無視しよう。

 ジュンイチと比べて社交的で明るくて、ちょっとうるさくて、ちゃらちゃらして見えるのにやっぱりそういうところはきっちりかっちり固められているんだなと思って彼を見る。顔しか似てない。全然違う人。なのに共通点が多すぎる。それで、レイだけが優遇される世界ってジュンイチはどんな気持ちで生きてきたんだろう。

 「なに、キヨハ。そんなに見られたら俺照れちゃうじゃーん」

 「黙ってれば顔だけはいいのに」

 「それはディスってる」

 「キヨー、そんなアホほっといて今日の甘いもの食べに行こうよお」

 「うん、シキちゃんも行こう?」

 「ああ」

 「無視は泣くから、さすがに!」

 くすくすとマユが笑う。シキちゃんは相変わらず呆れたようにため息をついていた。テスト期間で無理だ無理だってひいひい言っていたマユはテスト終わりかつ早帰りというのをめちゃくちゃ喜んでいるらしい。笑顔が二割増し輝いていた。

 「キヨハ、初テストどうだったんだ?」

 「うーん、そんなに困らなかったかな。でも今日の英語の最後の問題文法間違えたかも」

 「何問目?」

 「最終問題の三番。過去形で書いたけど」

 「どんなのだっけ」

 「やだあああ! もう終わり! フィニッシュ! テストはもう終わりました!」

 「はいはい」

 両耳を塞ぐジェスチャーをしながらマユは頭を振った。
 学校に来るようになって、というか外に出るようになってわかったことがある。多分、研究所のみんなが人間らしく人間らしくと思い描いて私を作ろうとしてもそれはきっと限りなく不可能なんだろうってことも、だからこそそれを期待してる人たちがいて、私を知らない人たちの勝手な意見の為にこれからもみんな振り回されるんだろうってことも。

 最初、足りないものが多すぎるんじゃないかって不安になるほど私自身が人間ってものに幻想を抱いてた。人間は、表情豊かで誰しもが意見を持っていて、服や話し方でたくさんの表現方法を持っていて、好きなことや嫌いなことがあって、アンドロイドなんかと違って生まれながらに完璧なんだって、そう思ってた。

 ちがう。そうじゃない。人間だって同じくらい、ううん、基盤なんてものが存在しない分私より確実に不安定で不完全で未完成な生き物だった。みんながみんな表情が豊かじゃない。意見が本当にない人も、表現ができない人も居てなんとなくそういうのを爪弾きにするのがうまいだけで綺麗なものなんかじゃなかった。

 結局私は「何」になるのが正解なんだろうって、研究所のみんなの思い描く、人間とほとんど変わらないアンドロイドっていうのはその「人間」ってものを美化した綺麗な部分だけが受肉したものだろう。私の思い描く人間像とは根本的に違う。
 マユもシキちゃんも、カガチくんも、もちろんレイだってみんないいところばっかりじゃない。毒を吐くことも、心に飼っている暗い影も、なにかしらある。程度は違うかもしれないけれど。

 「ねえ、キヨハ」

 「ん?」

 「夏休み、なにするの? 俺とも遊んでくれる?」

 「あーっまぁたキヨハにセクハラしてるっ」

 「違うって! 俺信用なさすぎ!」

 夏休み。そうか、補習の話で驚いていたけど、本来夏休みって学校には来なくていいのか。どうだろう、みんなと会えないの寂しいな。研究所に缶詰めかもしれないし許可もとってみないと出かけられないけど、でも、レイの今の言い方なんかすごく引っかかった。
 マユのついでに、ってニュアンスかもしれない。本当に深い意味なんかないのかもしれないけれど、なんだろう。ちょっと、ざわっとしたような。