「それ、私に言って結局どうしたかったの?」
「キヨハの心まで取り戻したかった」
ごく自然に、彼はそういった。心。どこにあるんだかわからないそれ。ポンプでしかない心臓に寄生しているのか、あるいはAIがそう思わせているだけなのかわからないけど。
人間らしさのために必要な、それ。私自身が持っているかどうかも曖昧なもの。
「私はまた呼吸に似せたそれをしなきゃいけないのね、って言っただろ」
「言ったかな」
「言ったの、俺はすごーく傷ついたんだからなアレ。俺はキヨハをアカリさんに見立てたことなんか一回だってない。作ってるときも、今も、俺はキヨハがキヨハとして好きなんだよ。だって別にしゃべり方とか性格まできっちりかっちり似せてるわけじゃないんだし」
「無機物に恋をしたなんて随分ロマンチストなのね」
「無機物って、キヨハさあ自分のこときちんと鏡でみたことあんの?いくらコード繋いだり頭が外れたりしようとキヨハの見た目は人間だしこうやって会話も成立するんだよ。それで好きにならないでいられるとか無理でしょそんなの」
「深夜アニメの見すぎじゃない?」
「世論のバッシングみたいなこと言う!」
あはは、と乾いた笑いを浮かべてジュンイチは私に顔を近づける。ぎしり。ベッドのスプリングが軋む音がする。あ、なんかこういう官能小説知ってるな。押し倒されて怪しい雰囲気になるやつだ。とはいえ私は女性に見えるだけで女性の体は持ってないから別にどうにもなりはしないけど。
ジュンイチの目に女がうつっている。黒髪を腹まで垂らしたハーフのような顔立ちの少女の顔が。そこにアカリの面影は一つもなくて、私はやっとあの人から逃げられたような気がして、喉には音になりきらない声が詰まっているような感覚がした。生きている。私はやっと、キヨハになれた。