私が自我を持ってからの最初の記録はかび臭い研究室の片隅だった。

 無駄にごちゃごちゃと機材が散らかって、ところどころに食事の跡があって、それはいつまでたってもそこに放置されていて、カーテンは閉まっていて、私の体は無数のチューブとコードにつなげられていて、背中はいつも何かに紐づいていて一メートル以上その場所から離れられない。

 私が人じゃないと認識するまでは少し時間がかかったかもしれない。
 時間という概念をインプットしたのはずっと後だったから、かもしれないという不安定な言い方しかできないけれどきっとそうだと思う。

 私は自分が人だと疑わなかった。ここはどこだろう、私はなぜここにいるのだろう、家に帰らなきゃ、いや家ってどこのことだっけ。そんなことを考えていた。
 さながら記憶喪失と誘拐をいっぺんに体験したかのように。私は最初からそこに居た。生まれた時からその姿だった。人は私を人を模したもの(アンドロイド)と呼ぶのだろう。


G9(ジーキュー)、気分は?」

「平常です」

「人工心肺の稼働は?」

「平常です」

「食欲は?」

存在し(あり)ません」


 私の名前はG9-000。
 脳も臓器も皮膚も自我も持つ、世界最高のアンドロイド。それが私だった。