「ごめんね。ごめんね……」
「これからも一緒にいられるから大丈夫だよ」

 安心させるように八重歯を見せて笑う侑弥に、キュッと唇をかんで涙を止めた。

 言わなくちゃ。今、言わなくちゃ……。

「悪いニュースをお伝えします」

 震える声に侑弥が首をかしげた。

「私は、もうこの世にはいないの。死んじゃったんだって」

 口を〝は〟を言う形にして笑おうとした侑弥が、その表情のまま固まった。

「……やめてくれよ。そういうの、好きじゃない」

 けれど、侑弥の瞳は不安げに揺れ動いていた。私の体の輪郭が薄いことにもようやく気づいたみたいで、腕を髪を、頬をそっとさわってきた。

「事故に遭ったの。だから、会いに来られなかった。ちゃんと返事をしたかったのにできなかった」
「嘘だろ。やめてくれよ」
「侑弥との未練解消が終わったら、私はあっちの世界に連れていかれ――」
「やめろよ!」

 涙を瞳にあふれさせて叫ぶ侑弥。
 きっと彼は、本当のことだと理解している。そう、思った。

「なんでだよ。やっと、やっと……」

 涙にむせぶ侑弥が私の手を握った。もう侑弥の体から生まれる光は弱く、今にも消えてしまいそう。
 自分の体を見おろしても、薄い輪郭があるだけで光ってはいなかった。

「なあ、どうすればいい? どうすれば七海を助けられる?」

 抱きしめられるままに、侑弥の肩にあごを置いた。

「侑弥、最後に会ってくれてありがとう」
「嫌だよ。なんで……」

 背中に手を回し、一度だけ力をこめた。神様、私に勇気をください。

「侑弥にはこれからも生きてほしい」
「…………」
「私がいない世界でもちゃんと毎日を送ってほしい。もう一緒に夕日は見られないけれど、美しい夕焼けを見たら……たまに思い出して」

 子供のように首を振る侑弥。彼がこれからも生きていけるといいな。
 八重歯を見せて笑う彼が好きだった。
 やさしくて、空を愛おしそうに見る顔が好きだった。
 ずっとずっと、好きでいられると思っていた。

 けれど、最後の瞬間は自分で決めなくちゃいけない。

「侑弥、ありがとう。さようなら」

 その言葉を口にしたと同時に、侑弥の手が私の体をすり抜けた。

「え……」

 侑弥が戸惑ったようにつぶやいて、そのまま自分の手のひらを眺めている。
 隣にいるのに二度と会えない人。
 でも、不思議と涙はもう出なかった。

 伝えたい気持ちを伝えられた充足感と共に、急に体が(なまり)のように重くなっていた。

 侑弥は涙を拭うと、やがてゆっくりと空を見あげた。

「美しい夕焼けだなあ」

 そう言った顔に私は答える。

「本当に美しいね」

 と。

 やがて消えた夕日のあたりを眺めながら、侑弥は帰っていった。

 (あらが)えない眠りに目を閉じてもまだ、夕焼けがまぶたを照らしている気がした。