さっきからシロはムスッとしたままうしろをついてくる。

 時間はもうすぐ十時になるところ。駅前は閑散(かんさん)としていて、人の姿はまばらだった。
 見慣れたはずの大通り、交差点、改札口や看板まですでになつかしく思えてしまう。

「ねえ、七海ちゃん。僕はやめたほうがいいと思うけど」

 何度目かの忠告に振り返った。

「だって、気になるんだもん」
「いくら斉藤奏太さんに会ったって、僕たちの姿は人間には見えないんだよ。ましてや七海ちゃんの未練解消の相手でもないわけだし。できることなんてひとつもないって」
「わかってる。でも、志穂さんに今の彼の様子だけでも教えてあげたいよ。ずっとあそこで待ち続けているなんて、あんまりにもかわいそう」
「それはそうだけど、相手は地縛霊なの忘れてない? 危なすぎるよ」

 自転車のおばさんが私の体をすり抜けていく。なんだかこういうことにも慣れていくのが少し悲しい。

「本当に地縛霊なのかな?」
「間違いないよ」
「志穂さんは私を襲おうという感じじゃなかったよね? むしろ、助けを求めているように見えた。あんなに泣いて、かわいそうだと思わないの?」

 そう言うとシロは唇を尖らせたまま視線を逸らした。
 駅裏にある商店街を抜けると、さらに人の姿は少なくなった。
 花屋の前にあるベンチに座ると、シロはなぜか私の前の地べたに座った。

「隣に座ればいいのに」
「いい」

 まだ怒っている様子。子供みたいな態度に思わず笑ってしまった。

「奏太さんの様子を見たら、ちゃんと学校に戻って未練解消の相手を探すから」
「そうじゃなくてさ……嫌な予感がするんだよ」

 上目遣いで私を見るシロが首をゆっくりとかしげた。

「あの子、本当に数年前に亡くなったのかな?」
「え?」
「ひょっとしたらあの子、何十年も前に亡くなっているんじゃないかな」
「どうしてそう思うの?」

 予想外の推理に身を乗り出すと、シロはあごに手をやり、「だって」と言った。

「桜の木が見たいから、って他校の生徒が校門から入ってきたりする? いくら雨の日を選んでいるとはいえ、それなりに目立つと思うんだよね」
「奏太さんも志穂さんに会いたかったんだよ。ほら、ロミオとジュリエットみたいな感じなんだよ、きっと」

 会いたくても会えないふたり。それこそドラマや映画みたいな設定だ。
 シロはピンとこなかったようで難しい顔を崩さない。

「七海ちゃんは覚えていない? 校門から続く壁は、昔はなかったんだよ。できたのは十年くらい前だったと思う」
「……それって」
「志穂さんが亡くなったのも奏太さんと会っていたのも、すごく前の話だとしたら納得できるんだよ。その場合、志穂さんは長い間、地縛霊としてあの場所にいることになる。ひょっとしたら、今の奏太さんはおじいちゃんになっていたり、万が一だけど亡くなっていることもありえるよね」

 否定したいのに、冷静なシロの考えに同調している私がいる。

 でも、志穂さんが悲しいことにはなにも変わらない。

「もしそうだったなら、なおさら奏太さんの様子を知りたい。とにかくクロに見つかる前に行こうよ」
「誰に見つかる前に?」

 やけに低い声で聞いてくるシロに、
「クロにきまってるでしょ」
 と答えるけれど、目の前のシロは私のうしろを見たまま口をぽかんと開けている。

 あ……これ、ヤバいやつだ。

 案の定、振り返ると腕を組んだクロが立っていた。

「俺に見つかると困るようなことをしてたってことか」

 うわ、と立ちあがりシロのうしろに隠れた。

「別に、ちょっと未練を探しに来ただけだよ。ね?」
「そう、そうです。たぶん、そうです」

 カクカクとうなずくシロは嘘が苦手みたい。
 わざとらしくため息をついたクロは、嘆かわしいとでもいうように頭を左右に振った。

「なんで人間というのは、自分のことよりほかの人のことばかり考えるんだ。それはやさしさなのか? いや、違う」

 自分で質疑と応答をしてからクロは言い放った。

「それは弱さだ。弱い人間ほど、ほかのことにすぐ気を取られる。七海、お前は逃げているんだよ」
「……ムカつく」

 思わずそう言い返すと、クロはおもしろそうに片眉をあげた。

「その反応ははじめてだ。お前くらいの年齢の女子はたいてい、泣きわめくもんだけどな」

 あ、まただ。懐かしそうに口元を緩めるクロ。きっと、昔に未練解消を手伝った女の子がそういう態度を取ったのだろう。