ドアレバーを下げ急いで部屋に入ると、
「よお」
黒い服に身を包んだ男性がいた。
私の椅子に座り、長い足を組んでいるのは、さっき病院にいた人だ。
うしろからは「待ってぇ」と白い服の男子が駆けてくる。
「ああ……」
腰から力が抜け、絨毯の上にへなへなと座りこんでいた。
終わった。詰んだ。ゲームオーバー。
申し訳なさそうに私の横を通って、彼は黒服の男性の横に並んだ。
黒い服のクロ、白い服のシロ。そんな名前を頭に浮かべながら、不思議なことに事実を受け入れはじめている。
私は……死んでしまったの?
「そろそろ理解した、って顔だな」
椅子に腰をおろしたままのクロが思考を読むかのように言ったので、意地でも認めてやるもんかと首を横に振った。
「まだ、よくわからない。わからないよ」
強気な気持ちは風船がしぼむように消え、最後の言葉は弱々しく絨毯に落ちた。
「亡くなったのは、祖母じゃない。雨宮七海、お前なんだよ」
病院で言われたのと同じ言葉だ。
家のなかにいるのに口から白い息が漏れている。
寒くてたまらない……。
両手で体を抱きしめ、寒さと頭痛に耐える私に「よく聞け」とクロは続けた。感情のない平坦な声だと思った。
「これからお前には未練解消という作業をしてもらう。期限は、この世界で言うところの四十九日間。今が四月はじめだから五月末までとなる」
意味はわかっても思考が追いついていないらしく、言葉はするすると素通りしていく。こぼれ落ち、弾けて砕け、消えていく。
クロにも伝わったのだろう、「七海」と言った。
私は答えない。答えなくなんかない。意味なんて知りたくない!
「おい、聞いてんのか」
無視を続ける私に、
「もう少しやさしく説明をしてあげてください」
シロが言ってくれた。
二度も突き飛ばしたのにやさしい人なんだ。
ううん、人じゃないのかも……。
「うるさい。お前は口を挟むな」
「でも――」
「黙れ。消すぞ」
ぴしゃりと言ってからクロは私のそばに片膝をつき顔を寄せてきた。
「未練を解消しないと、お前は地縛霊になる」
「地縛霊……?」
「お、やっとしゃべった」
顔をあげるけれど、軽い口調とは裏腹にニコリともしていないクロ。
「地縛霊というのは、この世に執着し続け怨念になった魂のことだ。そうなるともう、俺には手を出せなくなる。永遠にさまよい、生きている人間に悪い影響を与え続けるんだ」
「わからない。言っていることがわからないよ」
「それはお前が拒否しているからだ。努力しないのに理解できるはずがない。上っ面だけで生きてきた七海らしいけどな」
その言葉にキッと顔をあげた。
「なにがわかるのよ」
「怒るのは心当たりがあるからだ。俺様くらいになると、お前の短い人生なんて一瞬で理解できる」
「嘘つき。もう放っておいてよ」
体ごと横を向くと、わざとらしいため息が聞こえた。
「そうやって逃げてばかりで苦しくないのか?」
「苦しくない」
そう、これまでもうまくやってきた。これからもうまく……。
「よお」
黒い服に身を包んだ男性がいた。
私の椅子に座り、長い足を組んでいるのは、さっき病院にいた人だ。
うしろからは「待ってぇ」と白い服の男子が駆けてくる。
「ああ……」
腰から力が抜け、絨毯の上にへなへなと座りこんでいた。
終わった。詰んだ。ゲームオーバー。
申し訳なさそうに私の横を通って、彼は黒服の男性の横に並んだ。
黒い服のクロ、白い服のシロ。そんな名前を頭に浮かべながら、不思議なことに事実を受け入れはじめている。
私は……死んでしまったの?
「そろそろ理解した、って顔だな」
椅子に腰をおろしたままのクロが思考を読むかのように言ったので、意地でも認めてやるもんかと首を横に振った。
「まだ、よくわからない。わからないよ」
強気な気持ちは風船がしぼむように消え、最後の言葉は弱々しく絨毯に落ちた。
「亡くなったのは、祖母じゃない。雨宮七海、お前なんだよ」
病院で言われたのと同じ言葉だ。
家のなかにいるのに口から白い息が漏れている。
寒くてたまらない……。
両手で体を抱きしめ、寒さと頭痛に耐える私に「よく聞け」とクロは続けた。感情のない平坦な声だと思った。
「これからお前には未練解消という作業をしてもらう。期限は、この世界で言うところの四十九日間。今が四月はじめだから五月末までとなる」
意味はわかっても思考が追いついていないらしく、言葉はするすると素通りしていく。こぼれ落ち、弾けて砕け、消えていく。
クロにも伝わったのだろう、「七海」と言った。
私は答えない。答えなくなんかない。意味なんて知りたくない!
「おい、聞いてんのか」
無視を続ける私に、
「もう少しやさしく説明をしてあげてください」
シロが言ってくれた。
二度も突き飛ばしたのにやさしい人なんだ。
ううん、人じゃないのかも……。
「うるさい。お前は口を挟むな」
「でも――」
「黙れ。消すぞ」
ぴしゃりと言ってからクロは私のそばに片膝をつき顔を寄せてきた。
「未練を解消しないと、お前は地縛霊になる」
「地縛霊……?」
「お、やっとしゃべった」
顔をあげるけれど、軽い口調とは裏腹にニコリともしていないクロ。
「地縛霊というのは、この世に執着し続け怨念になった魂のことだ。そうなるともう、俺には手を出せなくなる。永遠にさまよい、生きている人間に悪い影響を与え続けるんだ」
「わからない。言っていることがわからないよ」
「それはお前が拒否しているからだ。努力しないのに理解できるはずがない。上っ面だけで生きてきた七海らしいけどな」
その言葉にキッと顔をあげた。
「なにがわかるのよ」
「怒るのは心当たりがあるからだ。俺様くらいになると、お前の短い人生なんて一瞬で理解できる」
「嘘つき。もう放っておいてよ」
体ごと横を向くと、わざとらしいため息が聞こえた。
「そうやって逃げてばかりで苦しくないのか?」
「苦しくない」
そう、これまでもうまくやってきた。これからもうまく……。