入社当時の私は何をやってもダメで、店のお荷物状態だった。
 料理の提供が遅い。お客様への対応がおぼつかない。
 提供台でオーダーを管理していた田辺さんに、毎回叱られていた。

 このままじゃ、何もできないまま終わってしまう。
 そう思った私は、佐保さんや他のスタッフの動きをよく見て、少し空いた時間に何ができるかと試行錯誤した。
 お客様に待たせることなく料理を提供できるようになり、人並みにレジでの対応にも慣れてきたのは、入社して一年経ってからだ。

 次第に佐保さんや他の先輩スタッフに「良くなった」と褒められることが多くなって、やっと追いついたと思っていた。

 しかし、入社して二年目の年末の忘年会で、お酒の入った田辺さんが他の社員とケラケラ笑いながら話しているのを聞いてしまった。

『坂水って奴がいるんだけど、いても邪魔なんだよね。ろくに仕事ができない。この職に向いてないんだよ。さっさと辞めてくれないかな』

 ほとんどの人が酔っている中、唯一お酒を飲んでいなかった私に聞こえるように、わざと大きな声でした話だったかもしれない。

 かなりショックだった。
 好きで入った会社で、いろんな指摘を受けながらも自分なりに頑張ってきたのに、酷い言われようだった。
 周りには他の店舗のスタッフもいる中で、恥ずかしくて泣きそうになった。

『大丈夫だよ。例え働いている年数が違っても、田辺さんはグリストラップどころか、床の掃除さえしないから。キッチンを綺麗にしない人の話なんか気にしなくていい』

 隣に座っていた井浦さんが小声で言う。

 その時はまだ、彼女とあまり話したことが無かったんだっけ。

 井浦さんには、学生時代に不良相手に果敢に立ち向かったという噂話があったと、他の店舗で働く同期の子から聞かされた。

 ある町で有名だった不良少年が事故に遭った後、井浦さんに取り憑いて近辺をまとめていたとか、井浦さんの喧嘩の仕方に感服した不良たちが揃って弟子入りしたとか。

 会う前に怖いという印象を植え付けられた私には、井浦さんに話しかける勇気もなくて、自分から仕事のこと以外で話したことは無かった。