「ねぇ、坂水。レシピ作り、やってみない?」

 ランチタイムが終わって余裕ができ、洗い場で片付けていると、店長の佐保(さほ)さんから声をかけられた。

 なんでも、秋の中旬から開始する店舗限定メニューで出すアップルパイのレシピを作ってみないか、という提案だった。

 この店の限定メニューは、佐保さんが担当する社員を決めて一緒に作っていく。

 試作段階では社員に任せられ、佐保さんの手が入ることもあるが、最終的に佐保さんが了承を得れば、そのまま採用されることも少なくはない。

「坂水、最近頑張ってるから新しいことも頼もうかと思って。どうかしら?」

 三年目でようやく手にした、このチャンスを逃すわけにはいかない。
 震えた手を握りしめて答える。

「はい、やらせてください!」
「うん、いい返事。初めてだし、聞きたいことがあったら何でも聞いてね。じゃあこれ、指定された材料のリスト。宜しくね」

 佐保さんから手のひらサイズのメモ用紙を渡される。
 中には指定されたアップルパイの材料が丁寧に書かれていた。

 残念なことに、この店のキッチンスペースはそれほど広くない。
 加えて少人数での営業であって、仕込みだけに時間も人も裂けられないのだ。
 
 そのため、出来合いの冷凍品や缶詰を使用することが少なくない。

 今回のアップルパイに至っては、冷凍のパイシートを使用することが決まっている。
 問題はリンゴのコンポートとカスタードクリームのレシピをどう作るかだ。

「佐保さん、他の素材でどれがいいとかってありますか?」
「製菓向きってこと? 特別な材料を組み合わせなくてもいいのよ。卵や小麦粉、牛乳はウチにあるものでいいし。……ああ、でも店舗限定だし、リンゴはこだわった方がいいかしら。きおうとか、紅玉とか」
「き……?」
「リンゴの品種ね」
 
 質問を重ねていき、次々メモをしていく。
 途中、わからない単語が出てくると、後で調べるためにペンの色を変えて書き残した。

「佐保、次の限定メニューって……なんだ、取り込み中か?」

 分厚いファイルを抱えてやってきたのは、田辺さんだった。

 営業中にも関わらず、マスクを顎のあたりまで下げていた。
 飲食店で髭はあまり良いイメージではないことに加え、マスクのつけ方も意味がない。

「ええ。今度の限定メニュー、アップルパイにしようと思って。坂水にお願いしていたのよ」
「はぁ?」

 田辺さんがいかにも嫌そうな顔をして唸った。