「でよぉ、ここからは俺の想像なんだが、もしかしたらあのガキは死神だったんじゃないかって」
「死神? まさか」

 ありえない、とは言い切れなくて、言葉と詰まらせた。
 もし本当に田辺さんの前に現れたのが、あの少年だったら?

「いや、実際にそういう噂があるんだ。俺がまだ学生の頃、隣町で聞いたんだけどよ」

 田辺さんが曰く、隣町で起こった不慮の事故に遭って亡くなった不良少年が、死に急ぐ人の前に現れるらしい。
 ある時、自殺を試みた学生が学校の屋上から飛び降りようとしたところ、寸前で不良少年に腕を掴まれ、「最期の通達はいつがいい?」と問われたという。

「その時は未遂で終わったが、別の場所では死んだ奴も少なくはない。だからそのガキを見た奴は皆、死神が呼びに来たって言ってる。……まさか、何年も前の噂を、ここで体験するとはな」
「田辺さんは、その不良少年と会ったことあるんですか?」
「いや。そんときはまだクソ真面目だったから、喧嘩する奴らとは無縁だった。顔はわからねぇけど、名前は確か……ハマダ?とか言ってたっけな」

 そんなことどうでもいいんだよ、と田辺さんは空になったビール瓶を置く。

「まぁ、その死神に会った俺の話、どう思うよ?」
「どう……と言われましても」

 信じ難い話ではあるものの、似たような体験をしている私は言葉を濁した。
 もしあの金髪の少年が死神だとしたら、かなりお人好しかもしれない。

「私だったら、もう二度と会いたくないですね」

 ふと、テーブルの端に置かれたグラスが目に入る。
 先程井浦さんが注文していたコーラが入っていた気がするが、既にグラスの中は氷だけしか残っていない。
 溶け始めた氷がからん、と音が聞こえたと同時に、あの変わった笑い声が、すぐ近くで聞こえた気がした。


【カフェ店員の坂水さん、「死神に」ささやかな夢を見る。】 〈了〉