突然、彼の指が私の首を軽く触れた。
 絞められているわけでもないのに、氷のような冷たい手が圧迫して息が止まりそうになる。
 
『残念だった? いや、よかった? 結果的に痛い目に遭ったし。お前だって、火事の話を聞いた時は「ざまあみろ」って思っただろ?』
「な、に……言って……?」
『別にその感情は否定しねぇよ。誰だって、ムカついた奴は全員盛大に転げ落ちてしまえばいいって思うモンだ。おかしいことか?』

 淡々と話す彼の目は、とても冷ややかなものだった。
 まるで人として見られていないようで、首に置かれた手で今にも絞め殺されてしまうのではないかと錯覚してしまう。
 
『でも結局生きてたな、アイツ。タナベ……だっけ。どうする? お前が望めば、俺が消してやってもいいけど』

 田辺さんが頭を過ぎると同時に、私は強引に首を掴んでいる手を振り払った。
 二、三歩下がって距離を取ると、少年は驚いた表情をしている。

 確かに何度も八つ当たりをされて、何回も作り直したレシピを目の前で握り潰されたこともあった。

 簡単に許すことなんてできないし、これからも忘れられない。

 積極的に取り組む態度がこれからも続くとは限らないし、今も正直信じられない。

 だからって、こんなことで人が死んでいいとは思わない!

「けっ……消すなんて、言わないで。田辺さんはちゃんと、ちゃんと私を見てくれたよ。今はそれだけでいい!」

 彼を怒らせてしまったかもしれないという焦りで、言葉がぐちゃぐちゃになってしまった。
 すると、彼は困ったように肩をすくめて笑った。

『……認められたがり』
「え……?」
『お前、俺が初めて殺した同級生に似てるよ。自分のことしか考えてなくて、死んだらずっと隣にいられると思ったのか、嬉しそうに死んでいった。正直、チョー迷惑。世の中そういう奴ばっかりだ。……でも、お前は違った』

 彼は一度言葉を切ると、今度は私の頭に優しく手を置いた。
 あんなに冷たかった手は、不思議なことにひと肌くらいの熱を帯びていた。

『人が死ぬのは当然のこと。不自然なことじゃない。その中でも、お前は今を生きる道を選んだ。俺の誘いを断ったのは良い判断だったな』

 そう言って彼は私の頭から手を離すと、まだ信号機の赤いランプが点灯している中にも関わらず交差点に飛び出す。
 すぐそこには大型トラックが迫っていた。

「待って! 危な……!」

『せいぜい苦しんで生きろよ? なんせ、人は「死んだって、何もない」んだからさ』

 トラックはブレーキをかけることなく、彼が立っている横断歩道を通り過ぎた。
 続けて他の車両も通り過ぎて、ようやく信号機が青に変わる。

 横断歩道を渡って見渡しても、金髪の少年の姿はどこにもなかった。