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 田辺さんが退院し、店に復帰して三日ほど経った頃、快気祝いとして営業後に社員だけで食事会が開催されることになった。

 その日は私だけが閉店までのシフトで入っているため、遅れて参加することになった。
 佐保さんは代わりに自分が出ると言ってくれたが、店から交差点を渡ってすぐの居酒屋なら、片付けさえ早く終わらせて店を出れば、そう時間はかからない。
 案の定、アルバイトの子も一緒に手伝ってくれて、早く店を閉めることができ、私は店を出ることができた。


 交差点の信号機が青から赤に変わり、横断歩道の前で立ち止まる。
 夜も遅いからか、人気が少ない。そのせいか、今夜はやけに冷え込んでいる気がした。

『――なんだ、結構元気じゃん』

 聞き覚えのある声に思わず隣を見ると、いつかの金髪の少年がそこにいた。
 金髪の間から見える左耳の黒い二連ピアス、着崩したブレザーの制服姿は、夢の中と同じだった。

「な……え!?」
『あー煩い煩い。今日だけ特別に見えるようにしてやっただけ。……いやぁ、それにしても良かったな。お前らが最悪の方向に進まなくて、正直ホッとした』

 金髪の少年は優しい笑みを浮かべると、私の顔を覗き込むようにして見る。
 整った顔立ちが間近に迫ってくるのは心臓に悪い。

『……これには動揺すんの? 俺渾身のナンパは引っかからなかったのに?』
「距離感がおかしいの! 最近の学生ってわかんないな……」
『学生ねぇ……まぁ、そう見えても仕方がないか』
「あなた、学生さんじゃないの?」
『見た目で判断すんなよ。言っとくけど、普通に人間だったら年上なんだぜ? 普通に生きてたら、だけど。なぁ、本当にナンパしたの覚えてねぇ?』

 ナンパされた? いつ? どこで?
 身に覚えがなくて混乱していると、少年は小さく溜息を吐いた。

『「いっそのこと死んじゃおっか」なんて、最高の口説き文句だと思ったんだけどなぁ』
「……ナンパだったの? あれが?」

 私が初めて田辺さんに反論した時に聞こえた問いかけは、確かに目の前にいる彼の声だった。
 それがどうしてナンパに繋がるのかがわからない。

『そう。あの時、俺のナンパに乗ってたら、お前が火事に遭って死んでたかもしれない』