火事が起きた飲食店は、田辺さんがヘルプで入っていたカフェだった。

 佐保さんによると、すべての利用客と従業員を避難させた後、突然うちの店に来てくれる常連の老夫婦が火の中に戻ると言い出した。

 話を聞けば、逃げている最中に亡くなったお孫さんの写真が入ったペンダントを落としてしまったという。
 その時には既に火の勢いが激しくなっていたため、諦めるようにと周りの人は老夫婦を説得して抑えていた。

 しかし、田辺さんだけが周りの制止を無視して、燃えている店内に戻っていった。

 五分後に消防車が到着し、消化活動が始まると同時に消防隊員数名も中へ入っていくと柱の下敷きになっている田辺さんを発見。
 その時にはまだ意識があり、外に出て救急車に乗り込む前に、自力で老夫婦にペンダントを手渡すことができたという。
 
 それからは酷い火傷と煙を吸い込んだことで重症化し、三日ほど眠っていた。
 一時危うい状況にもなりかけたが、目が覚めてからは圧倒的な回復力で、三週間程度で退院の許可が下りた。

 退院した翌日から店に戻ると言い出した田辺さんに、佐保さんは呆れて大きな溜息を吐いた。
 会社と相談した結果、大事を取って二週間、有給休暇として休むよう言い渡された。
 
「俺が店に戻るまでへばるなよ、坂水」

 退院後にすぐ顔を出した田辺さんが、私に向かって言う。
 初めて励ましの言葉を貰ったことに泣きそうになったのは、私だけの秘密だ。