「佐保、お前は本当にそいつが作ったって言うのか? 食材置き場で混ざって、たまたま紅玉が使われたかもしれないのに? 大体、リンゴごときで味が変わるわけねぇだろ!」
「……ふふっ」

 得意げに話す田辺さんを前に、今度は佐保さんが鼻で哂った。
 こんな笑い方をする佐保さんは初めてで、思わずたじろぐ。

「『リンゴごときで味が変わるわけがない』ですって? 本当に料理人やってたの?」
「あ?」

「紅玉は他のリンゴより皮の色が赤いし、他のリンゴより小さいから素人でもわかるわよ。味は甘さより酸っぱさが際立つのが特徴ね。コンポートにしても煮崩れしにくいから、製菓向きね。あなたが使ったリンゴは、味も食感もこっちに比べて劣ってる。火のかけ方以前の問題よ」

「そ……そんな食べ比べ、誰がわかるわけ……」

「あなたとは食べてきたものがちがうのかしら。リンゴ農家は品種どころか、どの家で作っているのかもわかるのよ。そこまでしなくても、料理人であれば品種の知識も味も知っていて当然じゃない? 加工したリンゴの区別一つもつかないなんて、呆れたものね。他の料理人や農家に、リンゴに失礼だわ。出直しなさい」

 佐保さんにはっきりと告げられた田辺さんは、悔しそうに唇を噛んだ。
 正論を言い当てられてしまった以上、田辺さんには反論する術がない。

 すると何か思いついたようで、脇に置いてあった納品書を掴んで見せる。

「……でもよぉ、今日の過剰発注の件はどうする? 完全にそいつのミスだろ!」
「それについては、もう調べました」

 洗い場から井浦さんの声が聞こえる。
 直前まで誰かと電話していたみたいで、片手にスマートフォンを掲げていた。