「おせぇ」

 私の作業が終わったところで、田辺さんが呆れたように呟く。

 田辺さんが作ったアップルパイは定番の丸いケーキの形をカットしたものだった。
 既にシナモンの香ばしい香りが辺りに広がっている。

 焼き色のついたパイの網目から顔を覗かせた、ごろっとした大きなリンゴのコンポートはまるで月のように輝いており、雲のような形の真っ白なホイップが添えられている。
 それを紺色の皿の上置くと、粉糖を線のようにかけられたそれは、雲の間から顔を覗かせた月だった。

「これくらい手際よくやれよ。……ああ、そんな技術的なこと出来ねぇか。つか、なんだその春巻きは。いいか、いわゆるケーキっていう形じゃないと客は選ばない。三角形がケーキだという偏見が頭のどこかに存在するからだ。これが出てきても、俺はこれをアップルパイどころか、ケーキとも思えねぇ」
「そ……そうかもしれませんが、この形なら、丸型より提供が速くできると……」
「んなの、丸型でカットして冷凍庫に突っ込めば同じだろうが!」
「ストップ! 保存方法は後で聞くわ」

 田辺さんの批判がヒートアップしそうになる寸前で、佐保さんが間に入る。

 キッチンの作業台に置かれた二つのアップルパイを前に、佐保さんはまず、田辺さんが作った方から試食する。
 一切れを半分ほど食べた佐保さんは、一度水を飲んでから私の作ったアップルパイに手を付けた。

「……あ」

 アップルパイにナイフを入れた途端、佐保さんが少し驚いた顔をした。
 開いたと同時に、温まって緩くなったカスタードクリームがとろっと流れ出てきたのだ。

「……坂水、これはちょっと難しいかも」
「え……」
「えっとね……いいえ、これは後にするわ」

 佐保さんはそう言って、アップルパイを食べた。
 確かにクリームはわざと緩めに作ったけど、もしかしてちゃんと火が通ってなかったとか?
 黙々と食べ進める佐保さんを見て、不安がどんどん大きくなる。
 隣では田辺さんが鼻で嘲笑っていた。

 こちらも半分ほど食べた佐保さんは口の周りを拭いてから、一呼吸を置いた。そして神妙な趣で私を見て言う。

「……ごめんなさいね、坂水。私が間違っていたわ」