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 大量に届いた食材の返品も無事に終わって店内に入ると、先程の一部始終を見ていた老夫婦に佐保さんが呼ばれた。
 何を話していたのかはわからなかったけど、佐保さんがひたすら申し訳なさそうに頭を下げていたのが見えて心苦しくなる。


 営業中の田辺さんは、いつもと変わらず気怠そうに接客していた。 
 時々キッチンの中に入ってくると、「先に準備とかしててもいいぜ? それくらいのハンデくらしくれてやるよ」と嫌味を込めて言ってくるが、全て軽く聞き流した。
 そのやり取りを察したのか、アルバイトの子が心配そうな顔をしている。

「瑞奈さん、会社にパワハラを訴えましょうよ。仕事しないのに瑞奈さんにしか当たってこないし、絶対都合よく思われてますって!」
「……えっと」
「まぁ、今日の対決でコテンパンにしたうえで訴えようよ、ねぇ?」

 アルバイトの子と話している間に、井浦さんが洗い終えたナイフとフォークが入ったカゴを持って割り込んできた。
 いつになく笑顔で砕けた口調に違和感を覚え、恐る恐る彼女に問う。

「……井浦さん、今日お酒飲んでます?」
「そっ……んなことしないって! そもそも、私がお酒苦手なのは瑞奈ちゃんも知ってるでしょ?」
「……ですよね」
「でもまぁ……テンション上げたくなる時だってあるじゃん?」

 そう言って井浦さんは近くにあった布巾を取ると、キッチンから出ていきながら言う。

「楽しんだ方が勝ちってこともあるからさ、そんな気負いする必要ねぇよ。 くははっ」

 出ていく瞬間、聞き覚えのある独特な笑い方に、私は思わずハッとした。
 まさか、そんなはずがない。

「――い……井浦さん!」
「……ん? どうしたの?」
 
 キッチンの出入り口で足を止め、こちらに振り向いた井浦さんは、いつもの彼女に戻っていた。