朝六時に起床。適当に着替えと朝食を済ませ、駅員さんに注意されながら電車に飛び乗った。
 窮屈な満員電車に揺られて一時間、駅を出て五分ほど歩いた先にある、大きな十字路に面したガラス張りの洒落たカフェが、私――坂水(さかみず)瑞奈(みずな)が働く職場だ。

 まだ誰もいない更衣室で着替え、警備室のおじさんから「今日も早いね。お疲れさん」とねぎらいの言葉と共に店の鍵を受け取る。

 営業開始は午前十時からだけど、私が二時間も早く店に来たのには理由がある。

 店の前に、大量の野菜と果物が詰まった段ボールが乱雑に置かれている。
 これを片付けなければ、営業どころか、仕込みさえできない。

 誰もいない店に一人、台車を駆使して食材を冷蔵庫に詰めていく。
 入らないものは日付を書いて、他のスタッフが来てから離れた場所にある倉庫に持っていけるように、まとめて台車に乗せる。
 これを三十分で片付けて、ようやく仕込みに入った。


 飲食業の会社に新卒で入社し、研修を経てこの店に配属されて三年目。

 学生時代のバイト経験から、キッチンスタッフとして採用されたものの、人件費削減の名目で二〇〇席をスタッフ六人でこなし、ドリンク以外の全てのメニューのオーダーを一人で捌く日々が続いていた。

「おはようございますー……あ、瑞奈ちゃん」
「井浦さん、おはようございます!」

 しばらくしてのっそりと入ってきた井浦(いうら)(かえで)さんは、同期入社したホールスタッフだ。
 年齢は二、三個上らしいが、友人のように接してくれて、スタッフの中でも人手不足のキッチンを進んでフォローしてくれる優しい人だ。

 井浦さんは身支度を整えてキッチンへ入ってくると、仕込み内容が書かれたホワイトボードに目を向けながら言う。

「相変わらず早いね」
「勿論です! 今日から秋メニューですし、新しい食材も揃ってますから、気合が入ります」

 今日納品された段ボールの中には、秋メニューで使われるリンゴやカボチャ、サツマイモが沢山入っていた。

 事前にレシピを貰って試食したが、見た目も味も良くて、作り甲斐がある。
 気合が入らないわけがない。

「井浦さんはレシピ覚えました?」
「ううん。レジでメニューの説明を軽くするくらいだから、詳しい内容はまだ」