「チッ……あのジジイども……見せモンじゃねぇぞ」
「聞き捨てならないわ、田辺。それがお客様に対する態度かしら?」

 佐保さんが私の前に入る。
 流石の田辺さんも手を上げられないようで、井浦さんが掴んでいた腕の力を抜いた。

 落ち着かせたところで、佐保さんがぐしゃぐしゃのレシピを拾いあげると、田辺さんと私に問う。

「田辺、本当に坂水があなたのレシピを盗んだというの?」
「当たり前だろ! 使えないヤツができることは盗みくらいだからな!」
「坂水、盗んだの?」
「盗みません。絶対に盗みません!」
「そう……」

 どうしましょう、と言って考える佐保さん。
 すると井浦さんが何か思いついたのか、わざとらしく手を叩いた。

「じゃあ、作ってみれば?」

 井浦さんは佐保さんからぐしゃぐしゃのレシピを受け取って、できる限り綺麗に皺を伸ばしながら続ける。

「オリジナルのレシピを書き残すくらいなんだから、二人とも頭には食材も分量も入ってるでしょ? 今日の営業後、二人ともレシピ通りのアップルパイを作って、佐保さんに答え合わせしてもらおうよ」
「はぁ!? 俺がコイツなんかを相手に対決しろってのか?」
「え? あんなに大きく出ておいて自信ないの?」
「ふざけんな!」

 ようやく落ち着いたかと思っていたのに、今度は井浦さんと田辺さんが言い争いが始まってしまった。

 でも流石に滅茶苦茶な提案だ。
 確かに見なくてもオリジナルのレシピが作れたら、それは自分のものだと証明できるだろう。

 でも負けたら……?

「そんな顔しなくても大丈夫だよ、坂水(・・)

 不安で俯いていると、井浦さんが声をかけてくれる。
 ……あれ? 井浦さんって私のこと、名字で呼んでたっけ?

「勿論、このレシピはおれ……じゃなくて、私が預かります。佐保さんは後で一緒に見ましょうねー」
「お前、話聞いてたのかよ? この俺がなんでコイツと!」
「あ、作れないんだ? へー……ここで逃げるなんて、男が廃るなぁ、ダサいなぁ!」

 井浦さんは扉近くを横切る通行人に向かって、わざと大きな声で言う。
 喋り方も違って、人の神経を逆撫でするような煽り文句ばかりで、普段の彼女に狼狽えてしまう。

「あのう……食材を引き取りにきたんですが……お取込み中ですか?」

 いつから見ていたのか、いつも納品物を持ってきてくれる業者さんが恐る恐る声をかけてきた。
 気まずい空気が流れる中、耐え切れなくなったのか、田辺さんは大きな舌打ちをして渋々了承した。