井浦さんに言われて、昨晩のことを順番に話していく。

 閉店作業が終わった後、一人残って試作をしていたこと。
 完成してレシピを書き直していた後、田辺さんが私服でキッチンの中に入ってきたこと。
 強引に帰らせて、再度掃除をしてから発注をしたこと。  
 終電も迫っていたので、普段より見逃していた部分があったかもしれないこと。

 全て話し終えると、佐保さんは申し訳なさそうな顔をした。

「私の管理不足だわ。田辺には一度注意したから大丈夫だと思ってたのに……」
「そんな、佐保さんのせいじゃ……」

「そうだそうだ。お前の管理不足じゃねーよ。全部そのお荷物のせいだ」

 気怠い声が後ろから聞こえた。
 振り向くと、田辺さんがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて壁に寄り掛かっていた。

「田辺……そんなに坂水に突っかかって恥ずかしいとは思わないの?」
「はぁ? 発注に関してはそいつのミスだろ。そんなことより、俺はそのお荷物に用があんだよ」

 田辺さんはそう言って私の前に来ると、持っていたファイルを強引に取り上げられた。

「な、何するんですか!?」
「あ? それはこっちの台詞だ。人のレシピを盗みやがって」

 え……?

「しらばっくれんなよ? お前、佐保に気に入られたいからって、俺のレシピが入ったファイルから盗んだだろ!」

 店の前にも関わらず、田辺さんは私に向かって怒鳴り散らした。
 いつもよりに鋭い目で見下して、眉間に皺を寄せる。田辺さんが苛立った時にみせる表情だった。
 さらに驚いた顔する佐保さんに向かって続けた。

「昨日、俺が閉店後に戻ったのは、ファイルを取りにきたからだ。だからキッチンに入った。そしたらコイツ、邪魔だからさっさと出ていけって水かけてきやがったんだ。腹が立ってファイルは取らずに帰ったよ。でも今朝来てみたら、挟んでおいたアップルパイのレシピだけ抜けてたんだ。ソイツが盗んだ以外に何があるんだよ?」

「そんな……っ! 私は田辺さんのレシピを盗んでいません! そもそもファイルなんて……」
「見てないとは言わせねぇぞ。連絡ノートを挟んでる分厚いファイル。一緒に挟んであるレシピは、俺が店で出す用に書いたレシピだ」

 そういえば、レジ下の棚に乱雑に置かれているファイルがあった気がする。
 後ろにいくつかレシピも入っていたけど、「昔使っていたものだから見なくて良い」と佐保さんに言われていたからほとんど見たことはないけど……。

 すると田辺さんは、私が持っていたファイルを強引に奪い、アップルパイのレシピを取り出した。

「実際、これがお前が作ったレシピだという証拠もねぇよ」

 じっくり眺めた後、ぐしゃりと握りつぶした。

「あっ……!」
「お荷物ごときが、店の人件費と光熱費を使ってできたゴミをお客様に提供しようとしてんだ。阻止するのが先輩の務めってモンだろう。店のスタッフとして恥を知れ」