ダーシャは眼前に広がる森のダンジョンを眺めて言った。
 今日は試験当日。ポセイドンの4人は標的であるクラーケンドラゴンが潜むダンジョンの入り口に立っていた。
 入り口に立つだけでそこが普通の森ではない事が伝わってくる。
 真っ直ぐではなく、ぐにゃぐにゃと曲がった不気味な形の樹木が群生しており、地面は所々ぬかるんでいて、紫色の霧が充満している。
 森全体がまるで異次元を思わせる異様な雰囲気を放っていた。

「皆、準備はいい?」

 ウォリー達はそれぞれ顔を見合わせる。
 決意を込めた目で互いに頷き合うと、彼らは森の中へ足を踏み入れた。

 霧で満ちた森の中は、見通しが悪い。
 時々、動物なのかモンスターなのか、何かの鳴き声が響いて聞こえてくる。
 ウォリー達は警戒しながら慎重に進んでいった。

「みんな! 上!」

 危機に真っ先に気付いたハナが声をあげた。
 直後に頭上から巨大なコウモリのモンスターが5体飛びかかってきた。
 ハナが魔法を飛ばし、2体を撃ち落とす。
 続いてさらに2体をウォリーが剣で斬り倒した。
 残る1体がダーシャに向かっていく。しかし、彼女は黒炎を出さずにただ立っているだけだった。
 コウモリのモンスターがダーシャの目の前で壁にぶつかり弾かれる。リリの防壁魔法だ。
 体勢を崩したモンスターをウォリーが斬り、息の根を止めた。

 敵の全滅を確認し、再びウォリー達は歩き始めた。
 先程ダーシャが攻撃をしなかったのは事前に決めていた作戦だった。
 クラーケンドラゴンとの戦いではダーシャの飛行能力が肝となる。
 しかし彼女のスキルは魔力消費が激しい。
 標的に出会うまではダーシャは極力魔力の消費を抑えて、他の3人で彼女を守りつつ進む事にしていた。


 襲い来るモンスターを倒しつつ進んでいくウォリー達。
 やがてウォリーはある異変に気がついた。
 周囲がやけに静かになっている。
 先程まであちこちで聞こえていたモンスターの鳴き声や動く音が一切しなくなっている。
 不気味さを感じつつもさらに奥へ進むと、広い空間に出た。
 霧のせいではっきりとは見えないが、その広く空いた空間の中央に巨大な岩のようなものが見える。
 ウォリー達が慎重に近づくと、その岩のような影がピクリと動いた。
 直後、そこから数本の触手が飛び出てくる。岩のように見えたのは巨大なモンスターだった。
 太い丸太のような4本の脚によってその巨体が持ち上がり、光る2つの目がウォリー達を見下ろした。
 モンスターの顔のシルエットは左右非対称。右片方には稲妻のような鋭い角が生え、左片方の角は欠けている。
 ウォリー達の標的、クラーケンドラゴンだ。

「皆! 作戦通り行こう!」

 ウォリーが声をかけると全員が戦いの準備を始めた。
 まずダーシャをウォリーの加速マンで強化する。
 ハナは少し離れた場所から遠距離魔法を撃てるように構えた。
 ウォリーは剣を構えながらクラーケンドラゴンへ近づく。
 リリはそのウォリーの後に付いていく形で移動する。
 そしてダーシャは黒炎の翼で上空へ。

 ウォリーが敵の射程距離に入る。
 直後に触手が襲いかかってきた。
 ウォリーは剣を素早く振るい、触手を切断する。
 彼の側に立つリリは防壁で触手をガードしてウォリーの負担を減らす。
 さらにハナが魔法攻撃を飛ばし、触手1本1本に器用に当てていく。

 作戦はウォリー、リリ、ハナの3人で触手の攻撃を引きつけ、出来た隙をついてダーシャが頭部まで飛んでいき、角に攻撃を与えるというものだった。
 ウォリー達が真っ先に触手の攻撃を引き受けた効果で、ダーシャに向かってくる触手の数は少なかった。
 ダーシャは黒炎の剣で触手を斬りつつ、クラーケンドラゴンの角を目指して飛行した。

「今だ!」

 ウォリー、ハナ、ダーシャの攻撃のタイミングが重なり、全ての触手が切断された瞬間が作られた。
 ダーシャはそれを見逃さず、角に向かって突っ込んでいった。
 力を込め、黒炎の剣で角に思い切り攻撃を叩き込む。

「何っ!?」

 角を攻撃してすぐ、ダーシャが驚きの声をあげた。
 ダーシャは全力で剣を叩き込んだ筈だが、角は折れていない。
 クラーケンドラゴンは角自体の強度も高いと聞いてはいたが、その硬さはダーシャの予想を遥かに上回るものだった。
 焦りによりダーシャは一瞬硬直してしまう。

 その瞬間、再生したばかりの触手の攻撃がダーシャに直撃した。