頑張る。だけど、何を頑張ったらいいの?。
どうしたら。
…前を向けるの?。顔を上げれるの?。



『いた!ニーナ!!。』


「ひっっっ!!」
突然声をかけられて、飛び上がった。

『またここなの?。また!泣い…』
膝をついて、片手を私に向け伸ばした彼に。

「っっ!!」
両手を伸ばして先輩の制服の胸元を掴んだ。

『おわっっ!!』


…そのまま抱きついた私に。


『…大丈夫。側にいるよ?。いなくならないよ?。
ねぇニーナ。今日は頑張るんでしょ?。最後まで頑張ったら、良いものあげるよ。』


「…何…くれるの?。」


『おっ?返事したね。』


「…。」



“万里さんから学んだんだ。”

そういうと、私をぎゅうっ!と抱きしめた。


-マズイ!!-


万里お兄ちゃんより緩いけど、苦しくなるのは時間差。
苦しくなって先輩の背中を叩くと、

『ニーナ?』

と呼ぶ声がする。

ふと、緩んだ力に…

「ー!!」

苦しくて先輩の胸を押し顔を上げると、額にキス?が降りてきた。

「!?」

驚いて目を開けると、ちょっと照れて苦笑いをした先輩の顔。
先輩は腕を解くと手のひらで私の頬を包み、右頬にキス。涙の跡の残る右目尻にも。

「!!!?」


静かに唇を離した先輩。
驚いた顔のままだろう私の…。

そのまま唇へのキスに変わりそうで、急に怖くなって…
慌てて先輩の口唇を両手で塞いだ。

「イヤです!!。」

『はんで(何で)?』

「ご褒美じゃない!!」

『んー?』


先輩の口唇を塞いでいた私の両手を、先輩がゆっくり外しながら言った。

『俺へのご褒美をちょうだい?。
…探し当てたご褒美……。』

「えっ…イ…!!」

静かに口唇にキスを落とされた。

「んー!!」

握られた手を振りほどこうにも力が強くてダメ。


後ろは手すりの柵。

ゴツンと当たって、
「いひゃい(痛い)!!」
口唇が塞がれていても声が出た。

チュッと音がして。口唇が離れた…。

「ひどい!!先輩のバカ!!ご褒美じゃない!!。
もう!嫌い!!。イヤ、離して!!。怖い!やめて!。」


『大声出す?
ダメ、また口唇塞いじゃうよ?。』


「……何で急に?。嫌い!!…。大嫌い!!。やめて!!」

ポタポタと、涙が落ちる。

先輩は痛いほど握りしめていた私の手首を離して、そっと抱きしめた。

『ニーナ。
怒りや悲しみは俺がもらったよ。
落ち着いて。息をして。
俺を責めてもいいけど、自分を責めるのはやめて。
ニーナ。好きだよ。…大好きだよ。
だから、俺から離れていかないで。
ニーナ。ごめんね。』


「うっっ…。
千里兄さんに言い付けてやる……。殴られればいいのに…。」


『…ニーナ。
あんまり泣いてると、4時限困るよ。
俺、さっき教室に迎えに行ったのにいなかったじゃん!?。
…だから、みんなニーナが俺と一緒なの知ってるよ。』


「約束なんてしてないし。…っん。」

『ほら、泣くのやめて。ご飯食べよう。
お母さんせっかく作ってくれたのに。一口でもいいから。』

「…幼稚園児じゃ…ん。
酷すぎる…。うっう…っ。」

先輩は体を離して私のお弁当を広げた。

『見て。ニーナ。
お母さん心配してるよ。
いろんなモノが少しづつ入ってる。何を食べてもいいように。』

「うぅ……先輩なんてキライ。」

ため息をついた先輩は、“ご飯よりキスがいい?”と聞いてきて…。

「いっ!イヤ!!。やめて!!」


『イヤなら食べて?。
…これなら食べれるでしょ?』


「……CHELSEA味になるからイヤ。」
顔を背けて拒否した。 

「本気で怒っているの!。先輩なんてキライ。さわらないで!!。
お兄ちゃんから変な事、学ばないでよ!!!。大嫌い!!。
"うん"とは言ったけど、これは違う!!。バカ!!」

万里のバカ兄!!


あまりにも腹立たし過ぎて何がなんだかわからない。
思いっきり睨み付けた。
困った表情をした先輩。


『ニーナ。ねぇ、…ごめん。無理矢理だった。ねぇ、ごめんね。
でも……
ニーナ。好きだよ。…本当に好きなんだ。
逃げないで一緒にいて?。
ねぇ、ごめん。』


「嫌い!!」

フィッっと顔を背けた。

あんな事しておいて、謝るなんてなんなの?。しなきゃいいじゃん。
怒りの矛先が先輩に向いている。
そんな事を思いながら、少しづつ頭が冷えてくる

「……。」
-あれは、…あんな事なの?-


-怒りや悲しみは俺がもらったよ。
落ち着いて。息をして。
俺を責めてもいいけど、自分を責めるのはやめて-



涙より怒りより何だろう?
怒りより苛立ち。
まさか、今日、"うん"って言ったばかりで、キスってするの?
みんなそうなの?するの?当たり前?


"自分を責めるのはやめて。"

先輩のせいにすれば楽になれるの?。
そうすれば私、今日あと半日頑張れる?。
じゃあ、先輩の事、嫌いになっても付き合うの?


先輩の顔を見たら。可哀想なほど?反省している"風"な先輩。
苛立ちが先に。
反省している顔に見えなくなってきた。


「先輩!!。反省してるの?」


『……してるよ。』


「嘘!」


『してる!』


「嘘つき!!!!」


『……。』


「……。」


『ごめん。』


「バカ!!。嘘つき!。」



『ごめん。本当は…
ニーナが落ち着いたから……。反省してない。
でも、その……初めてだった?。キス?。』 



困った顔。少し照れている顔。悪気のない顔。


要らない一言に…怒りが!。



『はぁ?なんなの!!。誰とするの!?。今まで!未知だ!って言ったじゃない!!』



私の大きな声に先輩は、私の口を塞いだ。 


『しーっ!!黙ってニーナ。声が大きい!。
昼休みのこの時間、ここは誰も来ないと思ってる?
誰もいないから、響くんだよ!。ここは!!。  
誰も来ない訳では無いよ!。』



「……。」



『ニーナ、逃げる?』
ゆっくり手をおろした先輩。



「…なぜ!!!!」
怒っている表情がでている事が自分でもよく分かった。
頭に血が昇る。


『ニーナを怒らせたから。』


「怒らせるような事しないで!!」


『だって!』


何故か…くやしかった。いじめたくなった。
「……。
ねぇ、先輩も初めて?…教えて!!!!。」



『……嘘ついたらどうする?。』



「万里に言う。こんな事して!。殴られればいい。嘘つきなら!!。
兄は!ここまでしない!。しろ!なんて、絶対言わない!
あれは…。あれは!私と…」


-何言ってるんだろう? 私。……ダメ。秘密。-



『イヤだよ!殴られたくない。
……ニーナが…1番最初だよ。本当に。』



「……。」


『睨まないで。嘘じゃない。』


「……」


『本当に嘘つかないから。』


「……」



『もう!!ごめん!許して!!恥ずかしいんだ。』



「だったらしなきゃいいじゃん!。」



『でも、ニーナが好きなんだ!!!』 



「好きならいいのか!!!!」



『んー!!いいの!!。ニーナ、"うん"って言ったじゃん!。
俺はニーナとキスしたかったの!!。好きだからしたいんだよ!!。』



「はぁ!?」

めちゃくちゃだ。
…子供のケンカだ。


「もー!頭にきた!!!」

先輩も怒ってるし!!何で?。逆ギレって!?。


完全に頭に血が昇り、イライラしていた私。
私は先輩のネクタイを掴んで、思いっきり先輩を引き寄せた。
制服の襟を掴みなおして。


『うわっっ!!』


「離れないで!。先輩。」


『えっ?ニーナ?』


「……ねぇ先輩。静かにして。誰にも言わないで。約束して!。」


『えっ?』


さっき先輩がしたみたいに、静かに……先輩の口唇にキスをした。
チュッって音がするキス。



少し口唇を離して……
「…誰もナイショ。言わないで……。」



制服の襟を掴んだまま、立ち膝になって先輩の顔を上から見下ろした。
驚いた表情の先輩の…濡れた口唇を舌先で猫みたいに撫でて…もう一度…キスをした。


離れた口唇に。私の表情に。
狼狽えた表情。震えている声。


『い…言わない。言えない…。
ニーナ。君が悪魔に見える。…でも、好きなんだ…。』


そう、呟いた先輩。
耳まで赤い先輩。


「…ねぇ。先輩は、本当に初めてなの?」

私の中の…伊織と言う名前の悪魔が先輩の口元で囁く。


……私は…この人を好きになってしまったんだろうか?…。
分からない。この気持ちの意味が。
多分…嫉妬。


『……』



「嘘つき!。」
掴んでいた先輩を突き飛ばした。



『…う…嘘じゃない。信じて…。
お願い。ニーナ。信じて!。』



「イヤ!」


『……。』


「……。」


『ニーナ。嘘じゃないんだ!』


「……。」


『本当に嘘じゃない!!。君だけだ!!。ニーナ。』



先輩の一生懸命な顔を見たら、

急に力が抜けた。後悔した。なんて事しちゃったの?。

もう、本当に…逃げられない。自分で逃げ道を塞いじゃった。



座り込んで、両手で顔を覆った。

……やらかした後で目が覚める。後悔する。
なんでもそう。いつも。…だから。嫌われちゃう。

何でこんな事しちゃったんだろう…?私…。 

私が、"こんな事"しちゃった……。

あ~ぁ…やっちゃった……。私。…頭に血が昇り過ぎた。


顔を上げて、
屋上の出入口から見える空を見た。風が穏やかに流れてくる。



…目の前の
先輩の顔は……先輩は不安な表情をしていて。



「…何でそんなに不安な顔をするの?。ご褒美って言ったの先輩なのに。」



『…ねぇ、ニーナ?。
…どこにもいかない?逃げない?側にいてくれるの?。』



「……先輩?。」



『不安だよ…。ニーナ。』



「先輩…、私の事嫌いになっちゃったね…。」



『俺の事…好きだと言って?。ねぇ?ニーナ。』



不安?苦しそうな?表情で訴える先輩に、

「…朝の私の感じた気持ちと、今の気持ちが"好き"と言う事なんだったら…そうなのかも。」



『ニーナ…。』
ため息をついた先輩。



「…朝、約束したよ。先輩と一緒にいる。"うん"って言ったよ。
先輩…忘れちゃった?。」



『…。』
まだ心配そうな先輩。



「先輩、私を信じられないなら…今すぐ!手を離して!!。私を1人にして!。」



『……ヤダよ。ダメだよ…。
万里さんにも千里さんにも殴られる。
俺の兄さんにも…。』



何の話をしているの!何をみているの先輩?



「なら!手を離さないで!!。誰を見てるの!?誰と競争してるの!?。 
側にいて!って言ったの先輩でしょ?。迷ってるじゃない!!。
誰にヤキモチ妬いているの!?。」


『……。』
無言で私を見つめている。我慢している。



「もう、ダメ!!」


『ま、待って!ニーナ。』


どうしてそんなに、好きって言葉が欲しいの?
好きって形があるの?
そんなに焦らないで!。急がないで!。私を縛らないで!。

あぁ…また崩れそう。そう思った。

先輩から目を離して、急いでお弁当を片付けながら薬を口に投げ入れた。
もう行かないと。
千里兄さんと約束した。大丈夫だって。大丈夫にする。って。



『!!。
ニーナ待って!!。
今、薬飲んだよね?。何も食べて無いのに。
今の頓服だよ!!。』



「……。」
先輩?目が覚めた?怒ってるよ?。なんで知ってるの!!
私が欲しいのは、そんな事じゃない。



『ダメ!行かないで。側にいて。俺の手を離さないで!!。』



先輩の言葉に苛立った。何なの?



「なら、先輩……側にいてよ。私の側にいて。私の手を離さないで。
私を見てよ。誰を見てるの?。万里?千里?。私は?。
誰でもない!。私だけ!。」



『だって……あんなキスされたら、疑うよ!!。初めてなんて嘘。
誰とキスしたの?。俺だって!嫉妬くらいするよ!!。』



カッとなった。
そんなもの!。知ってる!!。


「私は!!…私は!何も知らない小さな伊織じゃない!!。
キスくらい知ってる!!。
私だって知ってる!。男と女の関係くらい!。」



『……!!』

ギョッっとした先輩に…我に返った。

-あっ……-



「…あんなキス。想いの無い。空っぽのキス。イヤだった。
…し…したことなんてないもん。だから…イヤだった。」

俯く事しかできなかった。


『万里さんとは……できるのに?。』
「先輩のバカ!!!!」



……明らかに万里お兄ちゃんに嫉妬してる。
原因はそれ。

「……千里に!何を!言われたの!?!!」


『……。』




「都合が悪くなると無言なんだ?
もう!……先輩のバカ!。」

ポツリと独り言が口をついた。
私だって寝てない。眠れなかった。
何なのコレ?。バカみたい。





-…私が一番のお馬鹿さんだわ…。-



私はまた、ため息をついて座り込んだ。


-さっきから…ため息ばかり…。-


だけど、逃げる事を考えなかった。…考えられなかった。
なんで?付き合ってるから??。
さっといなくなれば、終わった事なのに。



俯き、自分の手のひらを見つめて。
気がついた事。


「……。」

先輩の手を離したくないのは、私。
離されたら困るのは、私のほう。
一緒にいて。って言われたけど、一緒にいたいのは、私。
全部、私のわがまま。
可愛い彼女になんてなれない。
カッとなったり、冷静になったり…。




「やっちゃった……。バカだわ。私…。」


『ニーナ……。』
そっと先輩の表情を見れば、先輩も疲れた顔をしている。




……ごめんなさい先輩。

「ごめんね。先輩。…頭に血が登り過ぎて…
私、ダメ。おかしい。
昨日もダメ。今日もダメ。ずっとダメ…。
だから……。もう…」


…引き返せない。
逃げ道はない。みんなに言っちゃった。
先輩と付き合ってる。って。
どうしよう。


今引き返したら。逃げる事になる?。
分からない。

朝、嬉しそうに笑ってくれた先輩。
私も…嬉しかった。



『……ニーナ。』


「……先輩。」


『……うん?。』



「私を嫌いになって。」



ため息が出た。涙が浮かんでくる。
馬鹿馬鹿しくなってきた。
なんで言い争わなくちゃいけないの?。
キスくらい。
たかが?
でも、キスって幸せなのかな?って憧れはあった。
ムダな労力。いつも悲しい気持ちしか残らない。
私だって。恋愛に夢だってある。好きがよくわからないけど、楽しくてドキドキするのかな?って。嬉しいのかな?って。優しいんだろうなって…。
好きって言ってくれる人がいるから…。
今だけは、恵那の事もバレーの事も忘れていたかったのに…。



『ニーナ。』



「……うん。」


『諦めないで、進んでみないか?』


顔を上げたら。
先輩と目が合った。
「……」


「でも……。」
…先輩の視線を無理矢理…外した。見ていられなかった。



『ニーナ。』



「……。」
またひとつ。ため息。


離れたくない私。嘘つきは私。
意地っぱり。  



先輩を見上げた。優しい人。ちょっと意地悪。一生懸命……。
信じていい?。大丈夫?。

今、真っ直ぐに私を見てくれている先輩。
今さら、無かった事になんて……できないよ。したくないよ。

でも、目を合わせていられなくて。
素直な先輩が…羨ましくて。



私は?
私も。


千里兄さん……。

"母さんも、俺達も…いつまでも変わらず伊織の側にはいられない。
いつかは、離れる。別れる。分かるね?"


いつまでもこのままでいられないんだ…。


…踏み出さなきゃ。



素直になれば、
…私は多分…先輩が好き。

- 好きになっちゃったんだ……私。-

自分の気持ちを信じて?。大丈夫かな…?。
大丈夫。まだ、大丈夫。

泣いてもいいや。後悔してもいい。
でも…苦しくなったら、助けて欲しい。と、先輩を頼っていいの?。

イライラ、くすぐったい気持ち。これが、好きなんだ。私の好きなんだ。
自分を認めたら。

恵那と楽しそうに会話をしていた先輩。
柔らかく笑う人。
私も笑いたい。
私…伝書鳩だったらヤダなぁ…って思ってた。
私にも柔らかく笑って欲しかった。
恵那の隣の彼が、本当は気になってた。



自分のくるくる変わる気持ちに戸惑っていた。
「……。」



『そのままのニーナでいいよ。』




先輩と目が合った。



まだ、迷ってる。
また、迷ってる。

どうしたらいいかわからなくなっている。

私は、自分が先輩の事が好きなのを知ってしまった。
知ってしまったら、引き返せない。
引き返したくない。
私の名前だけ呼んで欲しい。
恋しい。暖かい手が欲しい。側にいて欲しい
私だけを見て。私だけの先輩でいて。

……欲ばかり。

多分…この先、私は先輩を苦しめる。
独占。束縛。嫉妬。



「……それを我慢できるのかな?」

呟きだった。口唇が勝手に動くだけの…。


『何?ニーナ。』



考えても考えても解決法が分からない。




もう、考えてもダメ。
考えれば、考えるほどダメ。
考えるのをやめようかな…。



「……。」


やめた!正解のない答えに悩むのはダメ。


『…ニーナ。一緒に……』

先輩が言い終わらないうちに言葉を重ねた。

「やめーた!!」
落ちそうになった涙をぬぐった。


『ええっ?』


「先輩。やめよう。」


『えっ?』


「こんな事…。」


『な…何を言ってるの?ニーナ。』



私は先輩をじっと見つめた。

「…こんな事言い合うのはやめようよ。
ねぇ先輩?。私の事、好き?。
私、先輩の特別?
私が"助けて!"って言ったら、側にいてくれる?
私、先輩って呼ぶのやめる。2人の時、なんて呼んだら良い?。」



『えっ?』



「教えて。先輩の事。色々。後15分で昼休み終わっちゃう。
掃除。サボれば後45分位あるよ。
サボっちゃう?ねぇ?海里先輩?。
1日位良いよね?。
はい!決まり!サボる!!」


『えっ?』


「もうやめよう、苦しむのは。楽しもう。先輩の笑顔が見たい。
笑って。私だけに。」



『……。』




「先輩。ここに座って。」 

私は、自分の隣を叩いて先輩に手を伸ばした。
私の手を躊躇いがちに握ってくる先輩に。
私の隣に座ってくれた先輩。 
出来るだけの笑顔を。

『あ……あのさ、ニーナ?』


「私が笑えば、海里先輩笑ってくれる?ねぇ、笑って?」




私は、私が乱した先輩のネクタイをほどいて、絞め直した。
小学生の頃、兄さん達に毎朝してた。ありがとう。って言ってもらう度に嬉しかった。

「ありがとう。って言って?」

『…に…ニーナが乱したんじゃん?。』

「言って?」

『あ、ありがとう…。』

嬉しかった。ニコニコしてしまった。嬉しくて。




「先輩?手を繋ごうよ。楽しい事話そう?。何が良い?」

私、心配だった。イヤだって言われたらどうしよう。



先輩は差し出した私の手を組み合わせるように繋いでくれた。

-嬉しい。-

「嬉しいっていいね。」

-あっ。嬉しいって、笑顔になるんだ。-




『…ニーナ…好きって言って。』


「…ねぇ、どうしても言わせたいの?」 


『うん。』


「言わなーい。諦めて。」


『ええぇっ!言って!。』


「イヤ。」


『何で?』 


「恥ずかしい。」


『もう!じゃあ俺、どうしたらいいの!』




「あんまり言わないで。減っちゃう気がする。大事な時だけ。必要な時だけ。
先輩が私の事、好きなの知ってるから。信じるようにする。」



『信じる…って!
だから!ニーナは言ってくれないの?
"好きが分かんない。"って言ってたけど、言ってみたら俺の事、きっと好きになるよ?』


「ふふふ。本当に?。嘘だよ。」


『本当!。』


「言ったらどうするの?」


『言って?。それから考える。』


「もう!!」


笑いたい。くすぐったい。
恥ずかしくて、先輩の顔を見ていられなかった。だから、屋上のドアから見える青空に向かって言った。
できるだけ…ハッキリと。
目線だけ…ちらりと合わせて。 
また、青空を見上げて。 




「海里。貴方が好き。一生懸命な海里が好き。優しい海里が好き。
怖い海里も、真面目な海里も、困った顔の海里も大好き。海里の笑顔が…」

先輩を見れば視線が合う

「海里が…欲しい。」


『!!』
すごく驚いている表情。


…すごい早口。早口言葉みたいに言った。

本当に言ってしまうと、くすぐったい。恥ずかしい。
自然に笑顔になる。笑いたくなる。


「ねぇ私、清水の舞台から飛び降りたよ。私を受け止めた?。
先輩、顔、赤いよ?。ねぇ、赤い。」


驚いた顔。泣きそうな、嬉しそうな、困った顔の先輩。
「やめて!!いじらないで。恥ずかしい。」


「嬉しくないの?」


私を睨んだ先輩。
『…嬉しい。すごく嬉しい。どうしてかな?泣きそうな位。』


「うふふ。私達!"バカップル"。」


『やめて!その言い方。』


繋いだ手を揺すって先輩に笑いかけた。


「ねぇ海里。私だけを見て。私だけの笑顔が欲しい。海里が1番…好き。」

先輩は驚いた顔をしていたけど、笑ってくれた。


「笑ったね。嬉しい!」


『ニーナ。』


「ねぇ、先輩。なんて呼んだらいい?。教えて。先輩が一番嬉しい呼び方。」


先輩は少し考えて。少しはにかんで。少し真面目に。
「…海里。ニーナだけが言う海里。」


私、顔が熱い。多分赤い?。照れくさい。
「…決まりね。」


額を合わせて笑った。


「私達、"バカップル"。」

『やめて!その言い方は!。意地悪だよ。ニーナ。…ニ~ナ~。』

「やめて!!。バカっぽい。バカに磨きがかかるのはイヤ!」


お互い笑いあった。楽しい。嬉しい。くすぐったい。
側にいないと悲しい。一緒にいないと寂しい。
"好きって、こういう事なのかな?"。って思った。


…来春、先輩は大学に進学する。
だから、楽しく過ごしたい。
寂しくならないように。
苦しくならないように。
沢山笑って。沢山の嬉しいを私の中に。



「海里。沢山笑って。いっぱい楽しもうね。
私の海里…。
ケンカもいっぱい。ワガママもいっぱい。仲直りも。"好き"もいっぱい言って。
勉強はイヤだけど、先輩は受験生だから一生懸命しないと。
一緒にいて。側にいてよ。忘れないで。側にいるから。」


『ニーナ。色々な事を沢山しようね。勉強とか。
俺だけのニーナでいて。
あと2人だけの時は、海里だよ。』


額を合わせたまま。

少しだけキスをした。笑顔の。嬉しい。優しい。

「先輩?
ねぇ、キスはファーストキス?」

みるみる赤くなる先輩の顔。

『…誰とも付き合った事ないから…そうなるよね。
信じて!って言ったじゃん…。』


「じゃあ、なんで上手にキスできるの?。」

『じっ…上手ってさぁ……。
…男だって、情報はどこでも仕入れられるし…。』

「…ふーん。」
先輩の顔を覗き込んで意地悪をした。
頬にキス。

『ニーナ!!』

クスクスと笑う。

『もう!ニーナは?
伊織は!キスは初めてなの!?。』

「海里だけ。」

『…本当に?。
ねぇ?本当?。』

「海里、しつこい。」

『ニーナぁ…。酷くない?。』


風が柔らかに吹いた。青空が見える。
台風の後の青空みたいに、虹が架かったらいいな。
-ん…台風?
…私は台風だったな。さっき。-

「ねぇ……海里。私、嘘つき嫌いなの。
でも、私…嘘つきかも…。」

ひとつ。ため息。
ふと恵那の事が頭を過って…気持ちが沈む。

先輩の困った表情。

『嫌いなの。知ってるよ…
でも、時には、嘘も必要だよ。
……さて、ニーナ。ご飯食べようよ。』

先輩が言った。

「ええぇっ!…イヤ。」

『ダメ。部活するんでしょ?。
あの薬、副作用強いんだよ。効くけど。
倒れたら、千里さんに部活停止くらうよ。
気持ち悪くなるようなら、万里さんに言って、薬替えてもらったほうがいい。
ほら。あーんして。』


「…ヤダなぁ。」

しぶしぶだけど、食べた。少しだけど。
本当に食欲ないんだ。恵那の事が気になって。
気持ちが沈んでくる。
-4時限…恵那、いるかな。-

『ニーナ。1口でいいよ。
この中で一番好きなものは何?』。

「…海里。」

『ん?何?。何がいい?。』

「一番好きなものは、海里!」


『…はぁ!?
…もう!やめて!!心臓が痛いよ!。』


「海里がいい。あとは要らない。」

『ニーナ…。』

うつむいてため息をついた私。

"助けは必要?"の先輩の問に、首を横に振った。
「大丈夫。自分で何とかする…。大丈夫。」


『……本当に?。
苦しくなったら、思い出して。俺、側にいるよ。』

「うん……。」
苦さだけが身体中を蝕む。
…私は嘘つきだ。